拓実は普段、あまり自分のことを語らない。色々な女の子と遊んではいるけれど、ずっと特定の彼女は作っていなかった。それはなんだかんだで、身近に特別な存在である莉桜がいるからだと思っていた。
その莉桜はついこの間、年上の彼氏と別れたのだ。やっとここから、ふたりが新たな関係への第一歩を踏み出せるんじゃないかと思っていた矢先の出来事だった。
「まさか、戸塚ちゃんが相手だとは……」
嘆いている僕を、胡桃と莉桜が呆れ顔で見つめている。
拓実の相手は、コンビニで拓実が一切顔を見ようとしなかった、あの戸塚ちゃんだった。
一体なにが起きたというのだろう。僕が見る限り、戸塚ちゃんは語尾にハートはつけるものの、拓実に想いを寄せているようには見えなかった。だけど胡桃曰く、恋愛ごとに疎い僕の目なんて誰が信用できるだろうか。結果は明白。戸塚ちゃんは最初から拓実が本命だったに違いない。
「莉桜、あの子と知り合いだったんだな」
あのあと、拓実は恋人である戸塚ちゃんからの連絡で学校へと戻っていった。残された僕ら三人は、ただなんとなく堤防の上に腰掛けて海を見ている。
ぶわりと強い風が海からやって来ると、莉桜はうざったそうに顔にかかった髪の毛を後方へ手で流した。
「……うん。戸塚は美術部の後輩だから」
僕らの通う高校では、三年生は夏前に部活を引退することになっている。四人の中では唯一、莉桜だけが部活動に所属していて、しかしほとんど自由参加だった美術部に彼女はあまり顔を出してはいなかった。
「どんな子? 僕が会ったときは、別の彼氏がいたみたいだけど」
僕は信じたくなかったんだと思う。拓実は僕たちのことがすごく好きで、心の底から信頼していて、一緒にいる時間が何よりも大事だと感じている。それなのに、なによりも彼女を優先させる拓実がいるという事実を、僕は受け入れられなかったのだ。
「戸塚、特定の彼氏とかあまり作ってなかったから。葉が見たのは、彼氏ではなかったと思うよ」
莉桜の言葉に、僕の頭の中にはまたもやクエスチョンマークが浮かぶ。つまり、戸塚ちゃんは女版拓実みたいなタイプということなのだろうか。
拓実の友達として矛盾しているということを分かっていてあえて言うが、友人の恋人は一途で真面目な子であってほしい。拓実も一途とは言い難いのは承知の上、それでもあいつは本当に優しい男なのだ。弄んでいい相手じゃない。
「押し切られて付き合うことになった、とか」
僕の言葉に、莉桜が小さく顔をあげる。そこになんとなく翳りがあるような気がして、つい彼女の顔を正面から見つめてしまった。
もしかして、莉桜は──。
「拓実、ああ見えて優しいからね」
莉桜はそう言って笑った。だけどその笑顔が、どうしても無理して作られたもののように見えてしまう。
その奥に座る胡桃も、心配そうに莉桜のことを見つめていた。もしかしたら同じように、胡桃も感じているのだろうか。
「莉桜……」
胡桃がぎゅっと、莉桜の手を握った。莉桜の瞳がゆらりと揺らめいたからだ。だけど莉桜は涙を流したりはしなかった。代わりに、やっぱりへたくそな笑顔を作るだけ。
「彼氏と別れたときにも、こんな気持ちにならなかったのになぁ……。わかってるんだよ、拓実とわたしがそういう関係にはならないってことくらい。好きとかじゃないの、そんなんじゃないのにね……。素直におめでとうって言えないなんて、友達失格だよね」
空を見上げて笑う莉桜の横顔はとても切なくて、そしてとても綺麗に見えた。
──恋は人を綺麗にするから、切なくとも、輝いて見えるのだろうか。
「夏祭りはさ、三人で行こうよ」
透き通った胡桃の声が、今はいない一人分の隙間を抜ける。
「三人で浴衣着て、おいしいものいっぱい食べて、写真もたくさん撮るの。最高の夏にしようよ」
僕らの仲間に胡桃がいてくれて、本当によかった。こういうとき、さりげなく寄り添うことができるのはいつだって胡桃だ。無理に気持ちを聞き出すわけではなく、自分の意見を押し通すわけでもなく、それでいて自然に空気を送り込んでくれる。
「一生忘れられないくらいの夏にしよう!」
僕が拳を頭上に掲げると、「暑苦しいなぁ」と莉桜はそこで、やっといつもの笑顔を見せてくれたのだった。