「葉って、中田と付き合ってんの?」

 体育の授業。ストレッチをしていた僕に、クラスメイトが尋ねた。半分に仕切られた体育館の向こうでは、女子たちがバレーボールに黄色い声を上げている。

「いや、付き合ってないけど」

 正直に答えれば、相手はおもむろに喜んだ表情を見せる。なんだよその顔。

「中田ってかわいいけど、ガード固いじゃん? だからさ、協力してよ」

 協力? 何の?

「俺、一年の頃から中田のこといいなーって思ってて」

 そう言いながら体育館の奥に視線をやる相手に、僕は笑顔で「無理」と即答していた。頭で考えるより先に口が動いた。条件反射っていうやつだ。コンビニで自動ドアの開くメロディが鳴ると口から「いらっしゃーせー」って飛び出るのと同じ。

 僕は、ずい、とクラスメイトの視線の先に体を移動させた。胡桃の姿を見せるのが、なんだか癪に思えたからだ。

「なんだよ、付き合ってないんだろ?」

 むっとした表情で首を伸ばす相手に、また視界を遮るように体を移動させる。

「付き合ってなくても、無理は無理」

 相手が右に首を伸ばせば、僕もずいっと右に移動し。

「頼むよ、ちょっと会話するきっかけ作るだけでいいから」

 相手がひょいっと上方向へ首を伸ばせば、僕は思い切り踵を上げて。

「葉は中田のことが好きなわけ?」

 最終的には半分睨まれるようにそう言われ、僕は頑とした態度で胸を張った。

「そりゃあね。大事な友達だし」

〝好き〟にも色々な感情がある。先日胡桃が言っていたことを思い出した僕は、大事な友達という大義名分を振りかざした。ここで「好きじゃない」と言えば協力を請われるし、「好きだけど」なんて普通に言えば恋愛どうのと騒がれる。
 案の定、相手は「なんだよそれ」と面倒くさそうな顔を見せた後、ボールをドリブルしながら行ってしまった。

「お前はいつから、胡桃の父親になったわけ?」

 呆れたような声に振り返れば、拓実は一部始終を見ていたようだ。悔しいことに、バスケットコートにいる拓実は俺から見てもかっこいい。ほっそりとしていて高身長という体型からして似合うんだよな。
 さっきから女子たちがチラチラと拓実のことを見ているが、本人は全く気にしていない。

「別に、父親になんてなってないけど」

 そうは言うものの、確かにさっきのは年頃の娘を持つ父親みたいな感じだったかもしれない。だけど、心配じゃないか。僕たちの大事な友達である胡桃が、変な男に引っかかったりしたらさ。

「勝手に父親になるなよ、おこがましいやつだな」
 僕の言葉に、拓実はそう笑った。