驚いて見上げると、怒りを漲らせた柊夜さんに抱き留められていた。
「おまえたちはなにをしている」
 怒り狂う寸前の大地の鳴動のごとき声音に、ぞくりと背筋が震える。
 瞳を覗いて焔を確認していただけなのだけれど、もしかしたら柊夜さんにはキスしているように見えたかもしれない。
 まったく悪びれない羅刹は、不敵な笑みを湛えて亜麻色の髪をかき上げた。
「なにって、キスしようとしていたところだけど、ほかにどう見える?」
 私の喉から声にならない引きつった悲鳴が漏れる。
 まったくそんなつもりはない。挑発するような羅刹の投げかけに、柊夜さんの腕の中で目眩を起こしてしまう。
 柊夜さんは、すうと眼鏡の奥の双眸を細めた。
 いつもは理知的なその目は、怒りに滾っている。
「ほう。俺の会社に転職させてほしいという羅刹の願いを叶えたのは、鬼神のよしみだったのだが。どうやらその目的は俺の花嫁を誘惑することだったらしいな」
「その通り。ほしいものは奪うのが、鬼神の性ってものだろう。僕は夜叉が相手だからといって遠慮はしない。夜叉だって、そのほうが張り合いがあるんじゃないか?」
 遅すぎる私の第六感が、ここには危険なイケメンが集まると察知している。
 柊夜さんが話していた、“心配事”とは羅刹を指していたようだ。
 ずい、と羅刹は一歩近づき、私の手首を掴む。
 その手を柊夜さんは即座に叩き落とした。
「俺の花嫁にさわるな」
「自分の物みたいに言うなよ。離婚してあかりが僕と結婚すれば、彼女は僕の花嫁になる」
「そんなことは許さない。あかりは未来永劫、俺だけの花嫁だ」
 火花を散らすふたりの鬼神に挟まれて、私は当惑するしかない。
 ここ、会社なんですけど……。
 つい一年ほど前までは、誰にも見向きもされなかったおひとりさまの私を、イケメンふたりが取り合っているとは、どうしてそんな未来が予測できただろうか。
 というか、私に女としての魅力があるわけではなく、鬼神から見ると美味しそうな生贄なのかもしれない。完璧に美しい孔雀より、そこらへんでふらついている名もなき鳥のほうが手軽に食べられて腹を満たせるという論理だ。そうに違いない。
「あの……私のために争わないでください……」
 一生に一度たりとも言う機会がないはずの台詞を、私はまたもや口にするはめになったのだった。