柊夜さんの腕に庇われて、逞しい胸に顔を埋める。
 舞い散った土煙が収まる頃、おそるおそる顔を上げた。
 目にした光景に驚愕する。
 洞窟の出口が、大岩により塞がれていた。向こう側で「キキッ」というマダラの声と、岩場を立ち回るような音がする。
「フウ……結界を張りました。これで夜叉さまでも出られませんよね」
「なんだと? どういうつもりだ、マダラ!」
 柊夜さんの怒声に、マダラは怯えたように早口でつぶやいた。
「わ、わたしは命令通りにしただけです。だって、仲間を人質に取られているんです。お許しください……」
 最後は涙声になったマダラの羽音が遠ざかっていく。
 騙されたのだと知り、暗闇の中で呆然と立ち尽くす。
 柊夜さんは出口を塞いでいる岩にてのひらをかざしたが、バチッと静電気のような衝撃が起こった。
「鬼神の結界を張られたようだな。無理にこじ開けるのはやめたほうがいい」
「悠たちが心配です。ここへ入ったという証言は、マダラの嘘なのでしょうか?」
「嘘かは不明だが、マダラは何者かに利用されたようだ。本来、やつは帝釈天のしもべだった。だが、あちらこちらの鬼神の命令に従っているうちに誰の味方なのかと糾弾されるようになり、信用を失った。マダラに斑模様があるのは、まさしくやつの性質を表している」
 マダラは鬼神に利用された上に見捨てられたのだろうか。力の強い者に従うしかない弱者の哀れな末路に同情した私は、マダラを憎めなかった。
「洞窟は奥へ続いているみたいですね。行ってみましょう」
「そうするしかないようだな」
 かすかだが、洞窟の奥から水の香りがする。もしかしたら、どこか別の出口へつながっているのかもしれない。
 私は柊夜さんの腕に掴まり、歩を進めた。
 だが光の射さない暗闇なので、奥へ向かうほど足元は覚束なくなる。
 そこへ、ぽう……と柔らかな光が現れた。
 光源は、こちらに向かってくる。
 闇の中の灯火は、希望のしるしのように胸を湧かせた。
「あ……コマ!」
 パタパタと小さな羽を懸命に羽ばたかせたコマが飛んできた。灯火の正体はコマだったのだ。
「無事だったのね、よかった。悠とヤシャネコもいるの?」
 だが、言葉をしゃべれないコマは沈黙している。
 なにかに警戒しているのか、私の手元に下りてこようとはしない。いつもは手ずから、ごはんを食べるのに。
 その身を輝かせるコマのもとに、ぼんやりと人影が出現した。
 黒髪で黒い瞳の、十歳くらいの男の子だ。
 はっとした私は、それが誰なのかを知る。
「悠……!」
 成長した悠の姿だ。
 闇の路で何度も私を助けてくれた彼のことを覚えている。しかもあのときより背が少し伸びて、あどけなさが薄くなっている気がした。
 手を伸ばしかけた私を、柊夜さんは冷静に押さえる。
「待て。この悠は幻影だ。しもべであるコマに悠の神気が残り、幻影を映しだしているに過ぎない」
「以前もそんなことがありましたけど……でも、そうしたら悠本人はどこにいるんでしょう。きっと、近くにいますよね?」
 私は縋るように柊夜さんと幻影の悠を見比べる。
 すると悠は軽やかに地を蹴り、洞窟の奥へ走っていった。コマは彼の頭上から離れず、付き従って周囲を照らしている。
「待って、悠!」
 駆けだしそうになった私の体を、ぐいと柊夜さんが引き止めた。
「走るなと約束しただろう」
 柊夜さんの声音がひどく低い。彼は全身から緊張を漲らせていた。
 あのコマと悠は私たちを導いてくれるに違いないのに、どうして柊夜さんは警戒しているのだろう。先ほど、マダラに騙されたからだろうか。
「ごめんなさい……」
「わかればいい。俺の傍を離れるなよ」
 掴んでいる柊夜さんの腕が、わずかに震えていた。まるで幼子のようだ。
 不思議に思いつつ、私たちは悠のあとを追う。灯りが通り過ぎたあとの洞窟には、なにかがひそんでいる息遣いがあるような気がした。
 暗く冷たい洞窟は静寂に包まれている。私たちが踏みしめる足音だけがやたらと響いた。
 やがてそこに、かすかな水の音色が混じる。
「ここは……」
 低くつぶやいた柊夜さんは眉根を寄せた。
 コマが照らす灯りのもとに、青く沈む水面が広がっている。
 どうやら洞窟は川とつながっているらしい。そこはまるでプールのように広く、川の流れは穏やかだった。
 私たちを待っていた悠の傍には、古びた小舟が置いてある。
 これを使って脱出できるかもしれない。