そのとき、公園に柊夜さんが駆けつけてきた。
「あかり!」
 猛然と走ってきた彼は、まっすぐに私のもとへ向かってきた。
 堰を切ったように私の目から涙があふれる。柊夜さんに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「柊夜さん、ごめんなさい……私のせいです」
 謝罪する私の肩を両手で抱いた柊夜さんは、険しい顔つきをしている。
 けれど彼は私を叱ることはしなかった。
「責任の所在を問い質すのはあとだ。それより、悠の行方を捜すのが先だ。ヤシャネコとコマも同時にいなくなったんだな?」
「はい。子犬と遊んでいたんです。その子は飼い主がいるわけでもなく、ひとりでそこの木の陰にいました」
 柊夜さんは大股で木陰に向かうと、周辺を覗いた。彼は眉をひそめる。
「妖気が残っているな。その子犬とやらは、あやかしか?」
「わかりません。ふつうの子犬に見えましたけど……前にも見かけたことがあるんです。灰色の毛で、瞳が黄昏のような黄金色だったので、同じ子犬だと思います」
 その言葉に、柊夜さんは目を見開いた。
 何事かを見極めるかのように、ゆっくりと双眸を細める。
「なるほどな……」
 低くつぶやいた柊夜さんは、悠たちが踏みしめていた砂場の傍を注意深く辿った。
 まだ痕跡は残されたままだ。円を描いている足跡はどこかへ向かった形跡がない。だから悠たちは、この場から出ていないことになる。
 指先で五芒星を描いた柊夜さんは、てのひらをかざした。
 ぽうっと青白く広がる光の輪は足跡を照らし、蛍光色のように輝かせる。
「あ……!」
 出現した黒い道に、足跡が続いているのが見て取れた。
 公園から切り離された別の空間があり、そこに足跡が踏み込んでいる。
「闇の路に続いている。どうやら悠たちは、あやかしに連れ去られたようだな」
 現世と神世をつなぐ闇の路を通ったことは幾度かある。
 迷ったら最後、出られないという恐ろしい暗黒の場所だ。
「そうだったんですね。もしかしたら、あの子犬に誘導されたんでしょうか」
「行けばわかる。俺は悠たちを連れ戻してくる」
「私も行きます!」
 柊夜さんひとりに任せるわけにはいかない。私もみんなを助けにいきたかった。
 力強く宣言した私を、柊夜さんは困ったように見やる。
「あかり、きみは家に戻っていたまえ。腹の子になにかあったらどうする」
「待ってなんていられません。お願いです。一緒に連れていってください」
 眉を寄せて難色を示す柊夜さんに頼み込む。
 悠がいなくなったのに、ひとりで家にいても心配でたまらないことは容易に想像できた。それにみんながあやかしにさらわれたのは私の責任なのだ。
 まだ妊娠三か月なので、安定期に入っていない。子宮が大きくなる刺激で、下腹部が痛むこともある。
 でもお腹の赤ちゃんも、そして悠も、私の子どもなのだ。ヤシャネコもコマも、みんな大事な家族だ。
 一生をかけて責任を持たなければならない存在があることを、私はすでに子どもたちから学ばせてもらっていた。
 ひたむきに柊夜さんを見つめると、やがて彼は嘆息をこぼす。
「わかった。だが、身重のきみに無理はさせられない。走ることは禁ずる。もしその事態が生じたときには、問答無用で俺が抱きかかえて走るからおとなしく掴まっているように。それだけは約束してくれ」
「わかりました」
「それから、体調が優れないときはすぐに報告したまえ。我慢しても無駄だ。俺は常にきみを監視している」
「わかりましたってば! 柊夜さん、早く足跡を追いましょうよ。今ならまだ間に合うかも」
 しびれを切らして足踏みをすると、鋭い双眸でにらまれる。
 この状況でケンカをしたくはないけれど、悠たちの身が心配だ。
「焦ることはない。犯人の目星はついている」
 そう言った柊夜さんは五芒星を刻み、闇の路への入り口を出現させた。
 暗い洞穴のような神世への通路は、深淵のごとく闇が深い。
「あかり。俺の腕に掴まっていろ」
「はい」
 言われたとおり、柊夜さんの腕に手をまわす。シャツを通して彼の体温が感じられるので、心強かった。
 私たちが闇の路に踏み込むと、闇に呑み込まれてしまったかのように、すうっと入り口が消える。出入口は鬼神が通ると閉ざされてしまうのだ。
 暗闇で柊夜さんが手をかざす。
 すると、先ほど発見した足跡が青白く浮かび上がる。
 子どもの靴痕と、複数の動物の足跡が通路の向こうまで連なっていた。
 まるで道標のようなその痕を頼りに歩いていく。
「ずっと続いてる……。悠たちは神世に向かったんですね」
「そのようだな。闇の路に留まっているとは考えにくい。子犬に導かれて出口へ向かっているはずだ。足跡を追っていこう」