今度はカボチャを焦がしそうになり、素早く菜箸を操った。
リビングからは、にぎやかな声が聞こえてくる。どうやらコマが羽ばたいたので、嬉しくなった悠が歓声をあげたようだ。
半妖のコマは言葉を話せないようだが、見る間に成長した。灰色だった毛はコマドリの模様に変わっている。もはや雛の時期は脱した。
そのとき、あやかしの気配を察知する。
俺は双眸を鋭くさせた。
「……ヤシャネコか。今までどこへ行っていた？」
すうっと壁をすり抜けて、ヤシャネコが姿を現した。
あかりが神気を失ってからすぐに、ヤシャネコは家からいなくなった。あかりには見えていないので余計な心配をかけさせないため黙っていたが、風天と雷地からの報告により、ヤシャネコがどこへ向かったのかはすでに知っている。
神世にある、御嶽の屋敷へ呼びだされたのだ。
夜叉のしもべであるヤシャネコは、もとの主に召喚されたら拒否できない。
先代の夜叉が今さらヤシャネコになんの用があるのだ。あの親父は俺に夜叉を譲って隠居したくせに、こちらの動向を探ろうとでもいうのか。
親父の思惑を探るため、それとなく問いかけてみたが、ヤシャネコの目は虚ろだった。
「ヤシャネコ、どうした？」
『……柊夜』
久しぶりに耳にするその声に、俺は菜箸を取り落とす。
「御嶽……」
『母を殺したのは、おまえではない』
体が硬直したまま動けなかった。息を殺し、ヤシャネコの口から紡ぎだされた父親の言葉を受け止める。
ふうっと意識を取り戻したかのように、ヤシャネコは金色の目を瞬く。
「あ、あれ？ おいら、どうしてここにいるにゃ？」
いつものヤシャネコだ。どうやら御嶽に操られていたらしい。
ヤシャネコは困ったように辺りを見回している。
「おかえり、ヤシャネコ。夢でも見ていたんじゃないか」
「夜叉さま！ おいら、御嶽さまに会ったにゃ。真紅の瞳を見ろと言われたら、ふっと眠くなったにゃん」
「なるほどな。ご苦労だった。今日はみんな集まっている。おまえがいない間に、しもべが増えたぞ」
「ニャッ⁉ それはすごいにゃ～ん。みんな、かぞくにゃんね」
「そうだとも。あかりにも会うといい。もうヤシャネコの姿が見えているはずだ」
驚くヤシャネコとともに、天ぷらを乗せた皿を手にした俺はリビングへ入る。
ふたたび子を宿したあかりは赤子の神気により、あやかしが見えている。ヤシャネコが見えなくなったときはひどく哀しんでいた彼女だが、きっと再会を喜んでくれるだろう。
ふたりめを孕ませたのは、あやかしの世界にかかわらせるためではない。彼女を愛しているから抱いている。愛し合った結果により、子ができたのだ。
悠を膝に抱いていたあかりは、こちらを見て息を呑んだ。
「ヤシャネコ……！」
「あかりん、久しぶりにゃ～ん。おいら、ちょっと家出してたけど戻ってきたにゃん」
歓喜したあかりは、悠とまとめてヤシャネコを抱きしめた。
あかりの頭にはコマがとまり、嬉しそうにさえずっている。那伽と羅刹が口々に囃し立てるので、かなりにぎやかだ。
口元に微笑を浮かべた俺は、幸福な日常を感じて心を綻ばせる。
だが胸の奥底では、御嶽に対する不信感を募らせていた。
あの男はどういうつもりだ。
過去には俺と言い争いになった末に、すべての責任が俺にあるかのように罵倒しておいて、今さら母殺しは俺ではなかったというのか。しかもそれをヤシャネコの口を借りて伝えるところが、やつの卑怯さを表している。
御嶽は、なにかを掴んだのだろうか。神世で動きがあったのか？
母を殺したのは、本当は俺ではなかったのか……？
長年降り積もっていた業の一端が、ほどけるような気がした。
わずかな安堵を感じたのは事実だった。
だがそれならば、母を殺した真犯人は、いったい誰なのだ。
一同は天ぷらを摘まみながら、話に花を咲かせていた。
海老にカボチャ、茄子とレンコン、かき揚げもある。さっくり揚げられた天ぷらからは、爽やかな菜種油の香りが漂った。
天ぷらは工程が少ないので一気に揚げれば完成するのがよいところだが、天つゆ派だけではないのが少々困りものだ。
特製の天つゆが入った器を置いているのは、俺とあかりのみである。
羅刹は茄子にケチャップを、那伽は海老にマヨネーズをそれぞれかけている。こいつらの味覚はどうかしている。結婚したらパートナーに驚かれるぞ。
那伽はたっぷりのマヨネーズをかけた海老にかぶりつき、コマを眺めた。
「悠のしもべはコマドリかぁ。鳥は可愛いからいいよな。俺のしもべなんて水だし」
「僕は那伽の水が最強だと思うよ。というか体を水に変化させられるということは、実は龍王なのは水のほうで、那伽がしもべだったりしてね」
「うるせえな。羅刹のしもべは、タソガレオオカミだろ。あいつ最近見ないけど、どうしたんだよ」
「家出した」
「うっそだろ！」
ヤシャネコの家出に引っかけて、羅刹は飄々と答えた。
「おいらは猫だから、たまに家出するにゃん。でも戻ってくるにゃんよ～」
弁解するヤシャネコの喉を、那伽はくすぐっている。
あかりは笑いながら、スプーンで掬ったヨーグルトを悠に食べさせていた。彼女にも熱々の天ぷらを食べてもらいたいので、交代しよう。
「あかり。俺の揚げた天ぷらを食べてみてくれ。早くしないと、こいつらに食い尽くされてしまうからな」
両腕を広げると、あかりは悠の胴を持ち、俺に預ける。
なんでもないような仕草に、彼女に信用されていること、そして自分には愛する家族がいることが感じられる。
「それじゃあ、いただきます」
箸を手にしたあかりは、かき揚げを取って天つゆにつける。
悠の柔らかな体を抱きしめながら、俺は胸に幸せを染み込ませた。
リビングからは、にぎやかな声が聞こえてくる。どうやらコマが羽ばたいたので、嬉しくなった悠が歓声をあげたようだ。
半妖のコマは言葉を話せないようだが、見る間に成長した。灰色だった毛はコマドリの模様に変わっている。もはや雛の時期は脱した。
そのとき、あやかしの気配を察知する。
俺は双眸を鋭くさせた。
「……ヤシャネコか。今までどこへ行っていた？」
すうっと壁をすり抜けて、ヤシャネコが姿を現した。
あかりが神気を失ってからすぐに、ヤシャネコは家からいなくなった。あかりには見えていないので余計な心配をかけさせないため黙っていたが、風天と雷地からの報告により、ヤシャネコがどこへ向かったのかはすでに知っている。
神世にある、御嶽の屋敷へ呼びだされたのだ。
夜叉のしもべであるヤシャネコは、もとの主に召喚されたら拒否できない。
先代の夜叉が今さらヤシャネコになんの用があるのだ。あの親父は俺に夜叉を譲って隠居したくせに、こちらの動向を探ろうとでもいうのか。
親父の思惑を探るため、それとなく問いかけてみたが、ヤシャネコの目は虚ろだった。
「ヤシャネコ、どうした？」
『……柊夜』
久しぶりに耳にするその声に、俺は菜箸を取り落とす。
「御嶽……」
『母を殺したのは、おまえではない』
体が硬直したまま動けなかった。息を殺し、ヤシャネコの口から紡ぎだされた父親の言葉を受け止める。
ふうっと意識を取り戻したかのように、ヤシャネコは金色の目を瞬く。
「あ、あれ？ おいら、どうしてここにいるにゃ？」
いつものヤシャネコだ。どうやら御嶽に操られていたらしい。
ヤシャネコは困ったように辺りを見回している。
「おかえり、ヤシャネコ。夢でも見ていたんじゃないか」
「夜叉さま！ おいら、御嶽さまに会ったにゃ。真紅の瞳を見ろと言われたら、ふっと眠くなったにゃん」
「なるほどな。ご苦労だった。今日はみんな集まっている。おまえがいない間に、しもべが増えたぞ」
「ニャッ⁉ それはすごいにゃ～ん。みんな、かぞくにゃんね」
「そうだとも。あかりにも会うといい。もうヤシャネコの姿が見えているはずだ」
驚くヤシャネコとともに、天ぷらを乗せた皿を手にした俺はリビングへ入る。
ふたたび子を宿したあかりは赤子の神気により、あやかしが見えている。ヤシャネコが見えなくなったときはひどく哀しんでいた彼女だが、きっと再会を喜んでくれるだろう。
ふたりめを孕ませたのは、あやかしの世界にかかわらせるためではない。彼女を愛しているから抱いている。愛し合った結果により、子ができたのだ。
悠を膝に抱いていたあかりは、こちらを見て息を呑んだ。
「ヤシャネコ……！」
「あかりん、久しぶりにゃ～ん。おいら、ちょっと家出してたけど戻ってきたにゃん」
歓喜したあかりは、悠とまとめてヤシャネコを抱きしめた。
あかりの頭にはコマがとまり、嬉しそうにさえずっている。那伽と羅刹が口々に囃し立てるので、かなりにぎやかだ。
口元に微笑を浮かべた俺は、幸福な日常を感じて心を綻ばせる。
だが胸の奥底では、御嶽に対する不信感を募らせていた。
あの男はどういうつもりだ。
過去には俺と言い争いになった末に、すべての責任が俺にあるかのように罵倒しておいて、今さら母殺しは俺ではなかったというのか。しかもそれをヤシャネコの口を借りて伝えるところが、やつの卑怯さを表している。
御嶽は、なにかを掴んだのだろうか。神世で動きがあったのか？
母を殺したのは、本当は俺ではなかったのか……？
長年降り積もっていた業の一端が、ほどけるような気がした。
わずかな安堵を感じたのは事実だった。
だがそれならば、母を殺した真犯人は、いったい誰なのだ。
一同は天ぷらを摘まみながら、話に花を咲かせていた。
海老にカボチャ、茄子とレンコン、かき揚げもある。さっくり揚げられた天ぷらからは、爽やかな菜種油の香りが漂った。
天ぷらは工程が少ないので一気に揚げれば完成するのがよいところだが、天つゆ派だけではないのが少々困りものだ。
特製の天つゆが入った器を置いているのは、俺とあかりのみである。
羅刹は茄子にケチャップを、那伽は海老にマヨネーズをそれぞれかけている。こいつらの味覚はどうかしている。結婚したらパートナーに驚かれるぞ。
那伽はたっぷりのマヨネーズをかけた海老にかぶりつき、コマを眺めた。
「悠のしもべはコマドリかぁ。鳥は可愛いからいいよな。俺のしもべなんて水だし」
「僕は那伽の水が最強だと思うよ。というか体を水に変化させられるということは、実は龍王なのは水のほうで、那伽がしもべだったりしてね」
「うるせえな。羅刹のしもべは、タソガレオオカミだろ。あいつ最近見ないけど、どうしたんだよ」
「家出した」
「うっそだろ！」
ヤシャネコの家出に引っかけて、羅刹は飄々と答えた。
「おいらは猫だから、たまに家出するにゃん。でも戻ってくるにゃんよ～」
弁解するヤシャネコの喉を、那伽はくすぐっている。
あかりは笑いながら、スプーンで掬ったヨーグルトを悠に食べさせていた。彼女にも熱々の天ぷらを食べてもらいたいので、交代しよう。
「あかり。俺の揚げた天ぷらを食べてみてくれ。早くしないと、こいつらに食い尽くされてしまうからな」
両腕を広げると、あかりは悠の胴を持ち、俺に預ける。
なんでもないような仕草に、彼女に信用されていること、そして自分には愛する家族がいることが感じられる。
「それじゃあ、いただきます」
箸を手にしたあかりは、かき揚げを取って天つゆにつける。
悠の柔らかな体を抱きしめながら、俺は胸に幸せを染み込ませた。
