「柊夜さん……もしかしたら、家族がもうひとり増えるかもしれないです」
「うん? コマのほかにか」
 ゆっくりと柊夜さんに顔を向ける。
 彼は不思議そうに長い睫毛を瞬かせていた。
「私……妊娠してるかもしれないんです」
 真紅の双眸が見開かれ、やがてそれは喜びの表情に変わる。
 柊夜さんは私の体を包み込み、きつく抱きしめた。
「そうか。できたか」
「えっと……まだわからないです。忙しくて確かめる暇がないのと、その勇気が持てなくて」
「では今、確かめていいだろうか」
「えっ?」
 抱擁を解いて笑みを見せた彼は、通勤用の鞄から細長いパッケージの箱を取りだした。
 久しぶりに目にするそれは、妊娠検査薬だ。
 受精卵が着床するとhCGホルモンが分泌され、尿中に含まれるようになる。検査薬のスティックに尿をかけて、ホルモンの濃度により妊娠したかどうかの判定を行うものだ。
 柊夜さんは自ら箱を開けて、体温計と似た形状の検査薬を手にした。
「これ、妊娠検査薬ですよね……?」
「そうだが。最近きみの体に触れると、いつものサイクルと違うので、もしかして妊娠したのではないかと予想した」
「……よくわかりますね」
「無論だ。俺はきみの夫だぞ」
「……それで、柊夜さんが自らドラッグストアで妊娠検査薬をレジに持っていったわけですか?」
 私でも妊娠検査薬を購入するのは、ちょっとした勇気が必要だ。
 悠を妊娠したときは未婚だった事情もあるけれど、会計のときにレジのスタッフが商品の検査薬を手にしてから、私の顔を上目で見たときには、悪いことをした人と思われたようでいたたまれない気持ちになった。
 それなのに男性が購入したら、誰が使うのかと怪訝に思われるのではないだろうか。
 眉をひそめる私の問いに、柊夜さんはあっさり肯定する。
「その通りだが。妊娠検査薬の購入には年齢や性別などの制限はない。妻が使用する検査薬を夫が購入したら、なにか問題があるのだろうか」
「問題ありませんね」
「そうだろう。それでは妊娠検査薬を試したまえ」
「はい。わかりました」
 鬼上司の本領を発揮させた柊夜さんに検査薬を手渡され、職場でのやり取りと同じように了承してしまう。
 もはや覚悟を決めて妊娠検査薬を使用するしかないようだ。
 そもそも妊娠していたとしたら、胎児はすでに私の体の中で成長しているわけなので、今後の生活を考えるためにも早めに事実を確認したほうがよい。
 お手洗いへ入った私は検査薬のカバーを外し、スティックの白い部分に尿をかけた。染み込んだのを確認して、すぐにカバーを戻す。平らな場所に静置させるため、手洗い場の傍にそっと置いた。
「ふう……」
 結果は一分ほどで出るのだが、緊張で胸がどきどきしてきた。
 悠を妊娠したときは陽性の青いラインが現れた。
 あのときは一夜の過ちで孕んでしまったと思っていたので、青ざめて堕胎を考えたことを思いだす。その後、過ちではなく、柊夜さんが計画的に政略結婚を狙ったものであると知らされたけれど。
 現在は結婚しているので、陽性なら喜ぶべきだ。
 けれど、悠が特別な能力を持って生まれたことが明らかになった今、子どもの将来を思うと不安でいっぱいだった。ふたりめを産んでも、その子も人生を大きく揺るがすような能力があるかもしれない。
 それは私たちの家庭や、もしかしたら危うい均衡を保っている鬼神と人間の世界を壊すことに至らぬとも限らないのだ。
 考え始めると不安に襲われ、検査薬を直視することができない。
 そのとき、目の前のドアがノックされた。
「あかり。そろそろ出るんだ。返事は不要だ。鍵を破壊してもドアを開けて俺は結果を確認させてもらう」
「出ますから! 鍵は壊さないでくださいね」
 淡々として述べられる俺様発言に慌てて解錠し、ドアを開ける。
 すると柊夜さんが出口を塞ぐようにして、仁王立ちになっていた。
 真紅の双眸を炯々と光らせて見下ろしてくるので、臆した私は思わず検査薬を後ろ手に取り、隠してしまう。
「説明書には、判定窓に青いラインが現れると陽性であり、ラインが出なければ陰性だと記されている。その検査薬に青いラインがあれば、きみは、俺の子を妊娠している。早く見せたまえ」
「あのう……そんなに迫られると見せにくいんですけど。もし妊娠していなかったら、がっかりしてしまうので……結果を見るのが怖いです」
 妊娠していても不安がつきまとうのだけれど、ただ月経が遅れているだけという結果であっても落胆するだろう。
 私は、柊夜さんの子どもがほしいから。