柊夜さんの性格をよくわかっているヤシャネコのアドバイスは的を射ている。放っておいたら柊夜さんは、保育園に張り込むだとか言いだしそうだもんね。ありがとう、ヤシャネコ。
あやかしのヤシャネコは人間からは姿が見えない。保育園で悠の傍にいても、誰にも気づかれないはずだ。もし危険なあやかしが近づいたら、ヤシャネコが追い払ってくれる。
「そうですよ。悠だっていずれは小学生になるわけですからね。今のうちから、先生やほかの子どもたちと触れ合って世界を広げておくことが大切じゃないですか」
「あかりんの言う通りにゃん。夜叉さまが子離れできにゃいにゃん」
ヤシャネコと目配せを交わし、私たちは柊夜さんを見つめる。
「ふむ……」
顎に手をやり、柊夜さんは思案している。すると、抱っこしていた悠がヤシャネコに向かって手を伸ばした。
「なーな」
“にゃんにゃん”と言いたいのかもしれない。
生まれたときから一緒に暮らしているヤシャネコに悠はとても懐いており、よくふたりでくっついて寝ていた。
柊夜さんの腕を小さな手で退かした悠は、よいしょとばかりに後ろ向きでソファから下りる。ヤシャネコの傍にかがみ、もふもふの毛を小さなてのひらで撫で回した。
そういった行動にも、もうねんねの赤ちゃんではないのだと、かすかな感動を覚える。自分の意志で動き、興味を持ったものに触れたいのだ。
その姿を眺めていた柊夜さんは目を細める。
「悠の世界が広がるのを阻むつもりはない。ただ、まだ小さいからな。心配なんだ」
「わかりますよ。私もです」
気持ちよさそうにごろごろと喉を鳴らすヤシャネコを、悠は弾けるような笑顔で触れている。
あやかしのヤシャネコが見えているからには、クオーターの悠は鬼神としての能力が備わっているということになる。妊娠していた頃からすごい神気が漲っていたそうなので、それも当然かもしれない。
悠はふつうの人間ではない。鬼の子なのだ。
今のところ見た目は人間の子となんら変わりないのだけれど、これから夜叉の血族としての能力が発揮されるかもしれない。妊娠中にも不思議なことがあった。
私は単なる人間なので特別な能力はないし、神気なんてまったく感じられない。悠の神気がお腹に残っているので、あやかしの姿が未だに見えている。
だけど時間が経ったら、見えなくなるのだろうか……。
そうしたらヤシャネコの存在を認識できなくなり、柊夜さんや悠とは違う世界の住人になってしまうのだろうか。
私はかぶりを振った。
自分のことばかり考えてはいけない。
もっとも大切なのは悠の将来がどうなるのかということだ。
思い悩んでもきりがなく、不安に苛まれるばかりなのだけれど。
そんなとき、ふと柊夜さんは私の肩に腕をまわした。
「では予定通り保育園には通わせて、ひとまず様子をみるか。心配事は尽きないが、すべては仮定だからな。いずれ小学生になると言われて、悠の大きくなった姿が目に浮かんだよ」
漆黒の前髪が落ちかかる彼の相貌は、艶めいた美貌を湛えている。
父親となった今は、そこに柔らかな輝きが加えられていた。家では眼鏡をかけていない柊夜さんの瞳は、真紅に染まっている。
私は、彼の瞳の色が好きだった。
純粋な宝玉のごとく煌めく真紅は、夜叉の色だ。
密着した柊夜さんの肩に、そっと頭を預ける。
「私……小学生くらいになった悠に、会ったことがあるんですよ。お腹に悠がいたとき、何度も私を助けてくれたんです」
夢の中や神世へ向かう闇の路で、悠に出会ったことを思いだす。
あのときは生まれてくる赤ちゃんの成長した姿だったとはわからなかったけれど、漆黒の髪や凜々しい顔立ちは父親である柊夜さんによく似ていた。
目の前にいる悠がいずれは、あの子の姿になるのだと思うと胸が熱くなる。
「そうか……」
低い声でつぶやいた柊夜さんが、肩を抱く手に力を込める。
ふいに、頰に熱い唇が触れた。
唐突なキスに、私は目を見開く。
「えっ……急にどうしたんですか?」
かぁっと頰が朱に染まる。
目の前には悠とヤシャネコがいるというのに。
もっともふたりはじゃれ合うのに夢中で、こちらを見ていないのだけれど。
柊夜さんは精悍な相貌に、爽やかな笑みを浮かべた。
「急にでもない。俺はいつでも、きみにキスしたいと思っている」
「も、もう。柊夜さんったら、悠がいるのに恥ずかしいじゃないですか」
「悠にも、両親はいつでもキスするものだと思ってもらおうじゃないか。そのためには、俺たちはお互いに愛し合っているということを見せておかなければならない。そうだろう?」
ロジックで攻めてくる柊夜さんには敵わない。
こうして強引に押された私は孕まされ、鬼の子を宿すまでに至ったわけなのだ。
容易に陥落するのはなんだか悔しくて、私は唇を尖らせる。
するとその唇に、ちゅっと柊夜さんはくちづけてきた。
あやかしのヤシャネコは人間からは姿が見えない。保育園で悠の傍にいても、誰にも気づかれないはずだ。もし危険なあやかしが近づいたら、ヤシャネコが追い払ってくれる。
「そうですよ。悠だっていずれは小学生になるわけですからね。今のうちから、先生やほかの子どもたちと触れ合って世界を広げておくことが大切じゃないですか」
「あかりんの言う通りにゃん。夜叉さまが子離れできにゃいにゃん」
ヤシャネコと目配せを交わし、私たちは柊夜さんを見つめる。
「ふむ……」
顎に手をやり、柊夜さんは思案している。すると、抱っこしていた悠がヤシャネコに向かって手を伸ばした。
「なーな」
“にゃんにゃん”と言いたいのかもしれない。
生まれたときから一緒に暮らしているヤシャネコに悠はとても懐いており、よくふたりでくっついて寝ていた。
柊夜さんの腕を小さな手で退かした悠は、よいしょとばかりに後ろ向きでソファから下りる。ヤシャネコの傍にかがみ、もふもふの毛を小さなてのひらで撫で回した。
そういった行動にも、もうねんねの赤ちゃんではないのだと、かすかな感動を覚える。自分の意志で動き、興味を持ったものに触れたいのだ。
その姿を眺めていた柊夜さんは目を細める。
「悠の世界が広がるのを阻むつもりはない。ただ、まだ小さいからな。心配なんだ」
「わかりますよ。私もです」
気持ちよさそうにごろごろと喉を鳴らすヤシャネコを、悠は弾けるような笑顔で触れている。
あやかしのヤシャネコが見えているからには、クオーターの悠は鬼神としての能力が備わっているということになる。妊娠していた頃からすごい神気が漲っていたそうなので、それも当然かもしれない。
悠はふつうの人間ではない。鬼の子なのだ。
今のところ見た目は人間の子となんら変わりないのだけれど、これから夜叉の血族としての能力が発揮されるかもしれない。妊娠中にも不思議なことがあった。
私は単なる人間なので特別な能力はないし、神気なんてまったく感じられない。悠の神気がお腹に残っているので、あやかしの姿が未だに見えている。
だけど時間が経ったら、見えなくなるのだろうか……。
そうしたらヤシャネコの存在を認識できなくなり、柊夜さんや悠とは違う世界の住人になってしまうのだろうか。
私はかぶりを振った。
自分のことばかり考えてはいけない。
もっとも大切なのは悠の将来がどうなるのかということだ。
思い悩んでもきりがなく、不安に苛まれるばかりなのだけれど。
そんなとき、ふと柊夜さんは私の肩に腕をまわした。
「では予定通り保育園には通わせて、ひとまず様子をみるか。心配事は尽きないが、すべては仮定だからな。いずれ小学生になると言われて、悠の大きくなった姿が目に浮かんだよ」
漆黒の前髪が落ちかかる彼の相貌は、艶めいた美貌を湛えている。
父親となった今は、そこに柔らかな輝きが加えられていた。家では眼鏡をかけていない柊夜さんの瞳は、真紅に染まっている。
私は、彼の瞳の色が好きだった。
純粋な宝玉のごとく煌めく真紅は、夜叉の色だ。
密着した柊夜さんの肩に、そっと頭を預ける。
「私……小学生くらいになった悠に、会ったことがあるんですよ。お腹に悠がいたとき、何度も私を助けてくれたんです」
夢の中や神世へ向かう闇の路で、悠に出会ったことを思いだす。
あのときは生まれてくる赤ちゃんの成長した姿だったとはわからなかったけれど、漆黒の髪や凜々しい顔立ちは父親である柊夜さんによく似ていた。
目の前にいる悠がいずれは、あの子の姿になるのだと思うと胸が熱くなる。
「そうか……」
低い声でつぶやいた柊夜さんが、肩を抱く手に力を込める。
ふいに、頰に熱い唇が触れた。
唐突なキスに、私は目を見開く。
「えっ……急にどうしたんですか?」
かぁっと頰が朱に染まる。
目の前には悠とヤシャネコがいるというのに。
もっともふたりはじゃれ合うのに夢中で、こちらを見ていないのだけれど。
柊夜さんは精悍な相貌に、爽やかな笑みを浮かべた。
「急にでもない。俺はいつでも、きみにキスしたいと思っている」
「も、もう。柊夜さんったら、悠がいるのに恥ずかしいじゃないですか」
「悠にも、両親はいつでもキスするものだと思ってもらおうじゃないか。そのためには、俺たちはお互いに愛し合っているということを見せておかなければならない。そうだろう?」
ロジックで攻めてくる柊夜さんには敵わない。
こうして強引に押された私は孕まされ、鬼の子を宿すまでに至ったわけなのだ。
容易に陥落するのはなんだか悔しくて、私は唇を尖らせる。
するとその唇に、ちゅっと柊夜さんはくちづけてきた。