これからは家族とは、違う世界にいることになってしまう。あやかしのことにもかかわれなくなる。
「だから、夜叉の居城に連れていってくれたんですか? 最初で最後というのは、そういう意味だったんですね」
 わめくように吐きだしてしまった自分が情けなくて、また涙がこぼれた。
 私は柊夜さんから、夜叉の花嫁として認めてもらったように思い、無邪気に喜んでいた。豪華な着物を用意してくれたことも、結婚式の代わりなのだとさえ思った。
 けれどすべては、これから違う世界で生きていく私への最後のはなむけだったのだ。
 家族なのに、私だけが取り残されてしまう。
 足元を震撼させる疎外感に、体を戦慄かせた。
 私はもう、柊夜さんの妻や、悠の母親である資格を失ってしまったのだろうか?
 胸が引き絞られる痛みに襲われ、涙に濡れた顔をてのひらで覆う。
「あかり。きみが夜叉の花嫁であることはこれからもなんら変わりがないし、きみは俺の妻であり、悠の母親だ」
「でも……柊夜さんと悠はあやかしが見えているのに、私だけなにも感じることができませんよね。家族なのに、寂しいです……」
 私の両肩が柊夜さんの大きな掌に包み込まれる。顔を覆う手に、そっと唇が触れた感触がした。
 彼の唇は火傷しそうなほど熱かった。
 夜叉の手は冷たいのに、唇は熱いことに改めて気づかされる。
 熱い唇で手を退けられ、泣き濡れた私の顔を曝された。
 柊夜さんの真紅の双眸が、じっとこちらを見据えている。
 ひどい顔をしているはずなので、恥ずかしくてうつむこうとしたとき、そっと唇が重ね合わされた。
 柊夜さんのキスは、いつも強引なのに優しい。
 くちづけを交わすたびに彼が好きだという想いが心の奥底から沸き上がってくる。
 でも今は、涙の味がした。
 慰めが哀しくて、たまらなかった。
 少し唇が離され、うかがうような真紅の双眸を向けられる。
「……柊夜さんは、ずるいです。どうしてなにも言ってくれなかったんですか?」
「言っただろう。今だが」
「初めからそうですよね。いつも事後報告なんだから」
 むくれて唇を尖らせると、またくちづけられる。
 今度は舌を絡めた濃密なキスに、終わりのない夜の始まりを予感した。
「ん……まって、悠がいるのに……」
「今夜は起きないだろう。ぐっすり眠らせるために、夜叉の城へ連れていったんだからな」
 息を呑んで、妖艶な笑みを浮かべる夫を見上げる。
 まさか今夜の夫婦の営みのために計画したことだというのか。
 確かに悠は城の階段を上ったり、風天と雷地のふたりと鬼ごっこをしていたので、たっぷり運動したせいか起きる気配はない。
「さあ、寝室へ行こう。今夜は離さないぞ」
 行こうと言いつつ、柊夜さんは私の体を軽々と横抱きにして寝室へ連れ去る。
 柊夜さんは私を慰めようとしてくれているのだとわかってはいるが、強引な彼にわずかばかりの反発を試みて手足をばたつかせる。
「ちょっと待って。私はとても哀しんでいます。そんな気になれません」
「あとはベッドの中で聞こう。俺はきみを愛撫しているから、きみはずっとその胸の哀しみを語っているんだ」
「それ、朝まで続くんですか?」
「無論だ。きみと俺の、気の済むまで」
 私の体がベッドに下ろされると、すぐに柊夜さんは覆い被さり、きつく抱きしめた。耳元に甘い声で睦言を囁かれる。
「俺のことを愛しているかどうか、答えをまだ聞いていないな。俺はきみを愛しているんだが、きみはどうなんだ」
「……私の胸の哀しみを語ってもいい時間じゃなかったんですか?」
 唇を尖らせていると、着々と服を脱がされる。
 頰にくちづけて涙の痕を辿った柊夜さんは、大きなてのひらで私の素肌を撫で下ろした。
「そうだとも。俺の唇は忙しいから、その間に語るといい」
「もう。傲慢なんだから」
「だが、好きなんだろう?」
 問いかけに、視線を彷徨わせた私の頰が熱くなる。
「……はい」
 小さく答えると、柊夜さんは満足げに微笑んだ。
 彼は私の首筋を、ゆっくりと唇で伝い下りる。
 それきり忙しくなった柊夜さんの唇は愛撫を刻むことしかしなくなった。
 淡い吐息をこぼしながら私は、ぽつりぽつりと、赤子だった悠がヤシャネコをじっと見ていたことなどの思い出を語った。
 話しているとまた哀しくなり、眦から涙が伝い落ちる。
 その雫を、柊夜さんの唇がすくい上げるたびに、彼は私の唇も塞いだ。
「涙のキスって、しょっぱいですね……」
「そうだな」
 柊夜さんの中心が私の胎内を満たしていく。
 縋りついた強靱な背は、指先に脈動を伝えた。
 胎内に精が放たれると、息が整わないうちに柊夜さんはまた唇を重ねる。
「……どうした。もっと話していいぞ」
「それじゃあ、柊夜さんと会社で初めて会ったときのことから、順を追って話しますね」
「うん、聞こうか。俺との初めての会話を覚えているか?」
 甘く掠れた声音が、弛緩した体に心地よく浸透する。
 恍惚とした私は、柊夜さんの呼気を耳奥で愛しく撫でた。
「それはもう。『星野さん、ちょっといいかな』と、書類を片手にして鬼の形相でした」
「……そんなに怒っていないが。きみに話しかけるので、緊張していたんだ」
「そうかなぁ……」
 ふたたび力を取り戻した雄が、官能を送り込む。
 私たちは深く体を重ねながら、夜が白むまで語り合った。