僕たちは「青春」を追いかける。


「え、またそれ? せっかく屋上に大の字で寝転がってるのに被写体なかったら何も意味なくない?」

「じゃあ自分だけ撮ればいいじゃん」


何も、僕を撮らなくても。

それに、


「制服写ってたら学校名バレるだろ」

「大丈夫。それは、ちゃーんと加工するから問題ないよ」


と、言って親指を立ててウインクするけれど、


「僕が問題あるんだって」

「そこをなんとか!」


お願い、と頭を下げる三日月さん。


「いや、無理だって」

「ほんの少しでいいの! 腕でも袖でも髪の毛でもちょびっとだけで!」


どこまでも食い下がる三日月さんの顔を見て、ここから逃げるのは無理だと観念した僕は、はあ、と盛大にため息をついて、


「……分かった」


渋々、それを承諾する。


「ほんと! いいの?!」

「でも、ちゃんと学校がバレないように加工してよね」

「うん、もちろん! 約束する!」


どうしても彼女には言葉で敵わないらしい。


それからそのあと撮った写真は、大の字で寝転ぶ僕と三日月さんがお互い見切れた状態で。

べつにわざわざ僕まで映さなくてもよかったんじゃないかと、そう思った。

「……またSNSにアップするつもり?」

「そうだよ!」


鼻歌混じりに撮った写真を加工したあと、ほら、と言ってズイッと僕にスマホを見せる。


「これが私のSNSなんだ〜」


僕にそれを見せられてもやったことがない僕からすれば未知の世界で、それを評価できるほど詳しいわけじゃない。
だから、へえ、と適当に相槌を打ったあと、


「そもそも何でSNSなんかするの?」


そう尋ねると、え、と一瞬固まった三日月さん。けれど、そのあとは何事もなかったかのように、んーとね、と顎に指を当てながら。


「SNSにアップしておくと、日付も表示されるし文章だって打てるから、いつ何があって、こういう思いをしたって“青春”を追いかけることができるでしょ?」

「……そういうものなの?」

「そうだよ! だからまあ、日記みたいに日々の日常をアップしてる人もいるんだよ」


SNSを日記代わりに……?
それなら普通に日記をつけた方が楽な気もするけれど。

アナログな僕は、ネット社会にはどうやらついてはいけなさそうで。


けれど、三日月さんが言う“青春”を僕は、ほんの少しだけ分かったような気がしたんだ──。



今日は朝から、土砂降りの雨。

そのせいで普段から憂鬱な気持ちが、さらに跳ね上がる。

空の色は、どんよりとした灰色で、とめどない雨粒が空から降り注ぐ。


そのせいで外に出られない人たちも、教室に居ざるを得なくて。
そんな人たちの中、僕はいつも教室の隅で本を読んでいる。

だから、昔から雨は嫌いだ。

僕が、ひとりぼっちだということをみんなに主張しているみたいな気持ちになるから。


新しく図書館で借りた本を片手に、廊下の窓から外を見て、そんな嫌な気持ちに浸っていた。


「マジでー?」


突然、聞き覚えのある声がして、おもむろに視線を向ければ、教室の入り口の前で、三日月さんに話しかけていた藍原がいた。


うーわ、懲りないやつだなぁ。

ていうか、よっぽど三日月さんのこと好きなんだ……。


でも、なにも教室の前で話さなくてもいいじゃん。

そこ、通り抜けないと隣の僕のクラスに行けないんだけど。


……あーあ。ほんと、タイミング悪い。

きっと、藍原と僕は相性が悪いんだ。こうなる運命なんだよ。


もう、気にせず廊下の端っこ歩こう。

重たいため息一つついて、本を片手に歩き出す。まだ僕のことに気づいている様子はない。

このまま教室まで無事にたどりついてくれ。

「──あっ、茅影くん」


彼女の声が聞こえた瞬間、最悪だ、と心の中で盛大に文句をついて出た。


よりによってなんで声かけるんだよ。


……ほら、三日月さんが声かけたせいで藍原の顔めちゃくちゃ歪んでんじゃん。


けれど、いつものように“向葵くん”と呼ばれなかっただけ、まだマシだ。


「……なに?」


藍原を視界に入れないように、なるべく目線を下げて返事をする。


「それ、なに借りたの?」


濁りのない純粋な瞳が、真っ直ぐ僕を見据える。


「……文庫本だけど」

「へえ、そうなんだ!」


会話の中心に僕がいるのが違和感しかない。

そんな僕に追い討ちをかけるように、


「こいつ、いっつも本ばっか読んでんの。だから暗いなんて言われてるんだよ」


藍原が、おもしろおかしく僕を紹介する。


余計なお世話だ、そう思ってもどうせここで言い返したところでダメージを負うのは僕だ。

きっと、三日月さんの前でかっこでもつけたいんだろう。


だからここはスルースキルが役に立つはず。

それなのに、


「へえ、いつも読んでるの? ちなみに今は、何の本読んでるの?」


三日月さんが僕に声をかけるから、さすがの藍原も、え、と困惑した声をもらす。


「ねぇ、茅影くん?」

「え? ……あ、えと、この前映画化された原作のやつだけど」


持っていた本の表紙を見せると、それ知ってる、と声を弾ませて、

「私も気になってたんだ、その本! でも、結構あちこち売り切れてるから読めてないんだけど、それ、学校にも置いてあったんだ?」

「あー…うん。最近になって文庫本も置くようになったらしい、けど…」


藍原そっちのけで三日月さんは、僕の文庫本に興味津々。

そのせいで、さっきからやけに鋭い視線が突き刺さる。

これは僕のせいじゃない、それなのに、この場の空気に板挟みにされる。


「じゃあさ、それ次読んだら私に貸して!」

「え? …あー、うん」


意識は別のものへ気にかけていたせいで、心ここに在らずな声で返事をする。


三日月さんは全然気づいてないようだけど、僕、怖いやつに睨まれてるから。

そうとは言えずに、必死に笑顔を浮かべる僕。


「そんなにおもしろいの?」


突然、話題に入ってくる藍原に、


「おもしろいよ! すっごく感動するんだよ」


やけに食い入るようにおもしろさをアピールする。


「そんなに感動するの?」


押され気味の藍原に、うん そうだよ、と身振り手振りを交えながら、


「だからね、文庫本をバカにしたらいけないんだよ」


ニコリと笑って告げるけれど、彼女の瞳の奥には、燃えるような何かを感じた。


その傍らで、さっきの僕への威勢を無くしている藍原が視界に映って、思わず、ふっ、と笑ってしまった。

だって、なんか弱々しかったから。

「……なんだよ、茅影」

「え? あ、ううん、なんでもない」


僕に向けた視線はすごく鋭くて、背筋が凍りそうだった。


「じ、じゃあ僕もう行くから」


これ以上ここにいたら藍原の怒りが爆発しそうだ。


早歩きで、その場を離れようとすると、ちょっと待って、と声をかけられる。


「茅影くん、それ忘れないでね!」

「…わ、分かった」


後ろを振り向くことができずに、声だけで返事をした。

だって、今も睨んでるような視線を感じたから。


──そんなに睨むなよ。声をかけてきたのはそっちだろ。僕は、被害者だ。


そう声をあげたかったけれど、今の藍原に何を言っても無駄だと思って、のどの奥に押し込んだ。

* * *

「あのさぁ、ほんとああいうのやめて」


朝よりは、弱まった雨。

帰り道、傘をさしながら三日月さんと歩く。


「ああいうのって?」

「人前で声かけないでってこと」


そう言うと、ああ、と思い出したように声をあげると、


「だって、あからさまに声かけるなオーラ出してたから、逆に声かけたくなっちゃって」

「……なに。逆にって」

「そういうときって無性に声かけたくなっちゃうでしょ?」

「ならないよ。そんなの三日月さんだけでしょ」


なに、みんな当然みたいなテンションで言ってんの。

それに三日月さんのせいで、


「藍原にまた目つけられてるし」

「藍原くん?」


なんで、とでも言いたげな表情で。

三日月さんのことが好きだから、なんてさすがに言うことができなかったので、


「話してる途中に邪魔されたからじゃないの」


主に、三日月さんのせいだけど。


「邪魔って茅影くんが?」

「そうさせたのは、きみだから」

「なんで?」

「だから、僕にわざわざ声かけるからだろ。何の本読んでるのって」


無視すればよかったものの、わざとらしく声なんてかけるから。


「さっきの帰りだってすっごい睨んでたんだからな」

「藍原くんと仲悪いの?」

何が原因かなんてそんなの僕にも分からないけれど、


「…気づいたらそうなってた」

「なんで?」

「そんなの僕に聞かれても分からない」


喧嘩をしていたとかじゃないし。

ただ単に暗い僕の存在が鬱陶しいんじゃないのかな。


「じゃあ、藍原くんはもしかしたら向葵くんと仲良くなりたいのかもね!」


なんて唐突に告げるから、「…は?」思わず声がもれる。


藍原が僕と友達になりたい……?

いやいや、ツッコミどころ満載だろ。


「なんで、そーなるんだよ」

「だってさ、嫌な人ほど目につくって言うでしょ? でもそれって少しでも向葵くんのことを気になってるからだと思うの。だから藍原くんは、きっと友達になりたいんだと思うよ!」


まくし立てられた言葉のほとんどに理解できなかった。

だって、藍原から放たれるオーラは僕と友達になりたい、なんてものじゃない。

三日月さんに話すな、関わるなっていう嫉妬がほとんどで。


「……そんなわけないでしょ」

「どうして?」

「どうしても」


これ以上、藍原に睨まれるのだけは勘弁だった僕は、


「頼むから人前で、特に藍原の前で話しかけるのはやめて」


彼女に懇願した。


「なんで藍原くんだけはダメなの?」

さすがに人の気持ちを僕が勝手に教えるわけにはいかなくて、


「…とにかく頼むよ」


顔を逸らして、そう告げると。


「もうっ、分かったわよ。廊下で見かけても無視すればいいんでしょ!」

と、投げやりに承諾する。


「……うん」


──ずきっ

……は? 今のなんだ?

何に傷ついたんだよ、僕。


めんどうなことに巻き込まれたくないから仕方ないだろ。

だから、これでいいんだよ。


ていうか、一緒に帰ってる時点でまずいけれど、今日はあいにくの雨で傘をさしている。

だから、顔が見えない分まだマシだ。

それに藍原はバスケ部に所属しているから、放課後見られることはない。


「──あっ、雨上がってる」


おもむろに傘を下げた彼女が声を弾ませる。


「……ほんとだ」

「全然気づかなかったね!」


さっきまで不満そうな顔色を浮かべていたのに、すぐに切り替わっている表情。

僕みたいに引きずったりしてない。


記憶が、どんどん上書きされていくみたいに、三秒もすれば、あっという間に時間を刻む。

そんなふうにいつか三日月さんは、僕のことを忘れていくのかもしれない。


「雨降ってないのに傘さしてた私たち、なんか恥ずかしいね」

「まあでも、見られてなかっただけマシだよ」