「でもね、空を見上げることによってそれが全部なくなるの。嫌なこと全部、忘れさせてくれると思うの」
短く言葉を切ったあと、その瞬間だけでも、と彼女が告げた。
その言葉は僕の心の真ん中に落ちて、しっくりと収まった。
「だからね、私、今すっごーく今、気分がいいんだ!」
空に向かって真っ直ぐ手を伸ばす彼女。
それにつられて僕も手を伸ばした。
もうすぐ真っ白な雲に、手が届きそう。
……なんて、そんなことないのに錯覚してしまう。
「あともう少しで手が届きそうだな〜」
突然、そんなことを言った彼女の言葉に反応して思わず起き上がる。
「えっ? ど、どうしたの?」
「あー…いや僕も……」
今同じことを考えた、なんて口からもれそうになったけれど、
「いや、なんでもない…」
咄嗟に言葉を飲み込んだ。
だって、さっき三日月さんが言った『同じ時間を共有してる』その言葉が、頭に浮かんで、なんだか照れくさくなったから。
「そ、それより、写真は?」
これ以上聞かれたくなかったから、僕は、話を逸らす。
「あ、ほんとだ。また忘れちゃってた」
そう言って、起き上がるとスカートのポケットからスマホを取り出した。
「今日はどうやって撮ろうかな。向葵くんは、何かいい案ある?」
「……被写体はなしだから」