僕が、会いに行ったわけじゃない。
三日月さんが、僕に会いに来たんだ。

それなのにどうして僕に嫉妬の矛先を向けるのだろう。


「わ…かった。ちょっと待ってて」


藍原は、どんな表情を浮かべているのか。


見なくても容易に想像できる。きっと、三日月さんの言葉に驚いて、顔を引き攣らせて笑っているに違いない。


「茅影、呼んでるぞー」


焦った僕は、文庫本に夢中になっている姿を演じてみせた。

聞こえないフリをした。

そうすれば、彼女も諦めて帰るだろうと予想したから。


「おーい、茅影。聞いてんのか?」


けれど、何度も名前を呼ばれる。

教室はシーンと静まり返って、藍原の声だけが響いた。


……やめろ。やめてくれ。もう、名前を呼ばないでくれ。

僕は、日陰で十分だ。陽の当たる場所に出る必要なんかない。


文庫本へと落としている視線。
視界の端の方に、僕の席の前で立ち止まった足元が見えた。


──ドンッ

僕の机に、落ちて来た手のひら。


「おい、茅影」


低くて、少し苛立ちの色が見える声。

明らかに僕に憎悪している声だ。

さすがにこれ以上無視することができなくなって、

「な、なに……」

顔を上げると、僕の顔を睨みつける瞳とぶつかった。


「三日月さんが呼んでるぞ」