その場に残った僕たちは、お互い口をつぐむ。

チラッと彼女の方へ視線を向ければ、少し俯いて気まずそうにしていた。


「あの、さ…」


声をかけるけれど、返事はない。

もしかして僕のことを覚えていないのかもしれない。その考えが濃厚になる。
彼女からのメッセージが届いたとき、敬語だったのが気になった。だからもしかしたら…

おもむろに彼女のそばへ近づいて。


「僕のこと、覚えてる?」


少しだけ顔をあげて僕の方を見たあと、えっと、と言葉を詰まらせたあと、


「日記…に、向葵くんって名前がたくさん書かれていたから…私のこと、知ってる人なのかな…と思って」


ああ、やっぱり。三日月さんは、僕の記憶がないらしい。
いざそれに直面すると、苦しいものがある。
だって今までの記憶も思い出も、ぜんぶ無くなってしまったことを意味するわけだから。


──でも、僕がすることは決まってる。

それは、


「僕、三日月さんの友人で、茅影向葵って言います」


彼女が僕にしてくれたように、諦めずに、しぶとく声をかけることだ。


「……茅影…向葵くん…」


三日月さんは、僕の名前を呟いた。けれど、その声は初めて聞いた名前を記憶するようで。


「初めの頃は、僕が三日月さんのこと警戒してたんだ」


今とは、立場が逆で。


「三日月さんは、とにかくしつこくて。一緒に青春しようって、僕が頷くまで何度も何度も声かけてきて。最後には教室にまで押しかけて来るようになって…」


たった一ヶ月半月ほどのことなのに、遠く昔の出来事のように感じて。