「……記憶?」
忘れる? ぜんぶ?
あまりにも衝撃的な言葉が次々と流れてくるから、僕はそれを処理しきれずにいた。
そんな僕に、うん、とゆっくりと頷いたあと、
「向葵くんと過ごした思い出も、この学校へ来る前の記憶もぜんぶぜんぶ忘れちゃうんだって」
何も言ってあげられなかった。
「だからね」言いかけた彼女は、ふう、と重たいため息をついて、
「ほんとは手術なんてしたくないの。だって手術したらぜんぶ思い出とか記憶、忘れちゃうの。そしたら楽しかったこととかぜんぶぜんぶ忘れちゃうの」
「でも、手術しなきゃ…」
のどまで出かかった言葉を飲み込むと「死ぬよ」僕が伏せた言葉を、彼女が顔色一つ変えずに告げた。
その言葉に、僕は動揺して、膝の上からかばんがバサッと床に落ちる。
そのかばんを拾おうと、前屈みになって手を伸ばすと「でもね」と声が落ちてきて、顔をあげる。
「手術して思い出も忘れちゃうなら、いっそのこと死んでもいいって思ったの。──…ううん。そう、思ってたの」
それはまるで過去形のようで。
座り直して彼女を見つめれば、真っ直ぐ僕を見据えていて。
「向葵くんに出会うまでは、もう全部どうでもいいって思ってたんだ」
そんな言葉を落としたんだ。
いや、ちょっと待って。全然、意味が分からない。そもそもなんで、
「……僕?」
自問自答するように声をもらす。
「……なんで?」
ほんと謎すぎる。