「絶対、離れたりしないでね?」

「…分かったから」

「絶対だよ?!」


背中合わせの僕たちは、顔が見えないのに後ろから声が聞こえるっていう何とも不思議な感覚で。

女の子とこんなに密着したことがない僕は、緊張してやたらと汗かくし、鼓動がやけに早かった。


「なんで、こんなことに……」


思わずボソッと呟くと、


「向葵くん何か言った?」

「いや、何も……」


どうやらこの距離では、かなり小さな声でも聞こえるらしい。

ていうことは……


「やばっ」小さく慌てた僕は、その場を離れようと動くけれど「ちょっと」と背後からTシャツに伸びてきた手によって逃げることを阻止される。


「なんでいきなり動くの! 私、びっくりしちゃったじゃない」

「だだだ、だって…!」


声がかすかに聞こえてるってことは、僕の鼓動の音も聞こえてるってことになるし……


「だって、何?」


黙り込む僕に痺れを切らして催促されるけれど、素直に説明するわけにもいかなくて、


「……ごめん、小さな蜘蛛が手に乗ってきたから」


嘘をつくほかなかった。


「大丈夫だった? でも、次動くときは前もって言ってよ。びっくりしちゃうから」

「ごめん」


虫なんて全然平気だ。

そんなことよりも僕は、自分の背中に全神経が集中してやたらと落ち着かない。