「ほんとだ」
僕がそれに返事をすると、ね、と相槌を打って笑ったあと、
「なんかさぁ、こんな綺麗な景色見てると悩みなんてちっぽけなものに思えるね」
なんて突然呟くものだから。
「…悩みがあるの?」
「そうじゃないけど」
声を落とした三日月さん。
どうしたんだろう、と心配になって声をかけようとすると、
「ただ、なんとなくそう思っただけ」
そう言って笑ったんだ。
僕は、ほんの一瞬の間が気になった。
けれど、何も聞き返すことができずに、そっか、と適当に相槌を落とした。
「それより、そんなとこにいないで一緒に景色見ようよ」
切り替わる話題に異議を唱えることもできずに、静かに頷いた僕。
彼女のそばに寄っただけで、さっきの手の余韻がまた再発するようだった。
ほんの一瞬手を繋いだだけなのに、どきどきするなんて、どこの思春期男子だよ。
好きな相手でもなければ、意識してる相手でもないのになんで……。
考えても考えても答えなんか出てこない。
出口の見えないトンネルに入り込んでしまったかのようだ。
「記念に撮っておこーっと!」
スマホを取り出すと、カシャっと写真を撮る三日月さん。
その横顔は、無邪気にはしゃぐ女の子。
藍原たちは、知らない三日月さん。
そんな彼女と、僕は一緒にいる。
今までは何とも思っていなかったのに、手の熱の余韻と鼓動の音が僕を掻き立てる。
「……なんだこれ」
ポツリと呟いた声は、地面へと落ちる。
この感情は、一体何なのか。
僕は、まだ知らない。
──いや、知りたくなかったんだ。