周りの空気と彼女の笑顔に飲み込まれそうになったけれど、わずかにいつもと違うように感じて、あの、声をかけようと思ったけれど、のどの奥に張りついて出てこなかった。
そんな僕を時間は待ってくれずに、だから、と続けると、
「向葵くんのおかげでいい思い出ができた」
「そんな大したことしてない…」
なんなら、もうずっとここのこと忘れてた。
そんな僕に、ここを紹介する資格なんてあったのかなと落ち込んだ。
そんなことないよ、と言って微笑むと、
「向葵くんがここの場所知ってたから私、来られたんだもん。だから、ありがとう」
僕を見据える瞳が、真っ直ぐ僕に向かっていて、恥ずかしい。
けれど、逸らすことさえもできなくて、
「…僕の方こそ、ありがとう」
思わず、口をついて出た。
「どうして向葵くんがお礼言うの?」
「……どう、してだろう?」
「なーんかおかしな向葵くん」
バカにされているわけでもないし、からかわれているわけでもない。
だから不思議とそれが嫌じゃなくて、むしろ、三日月さんといる時間が少しずつ心地よくなっている自分がいた。
「あっ、見て」フェンスの向こうに指をさすと、
「あそこに学校が見えるよ!」
大はしゃぎの三日月さんは、学校の姿より少し幼く見えた。