「べつに、お礼言われるようなこと、何もしてないし…」


窓から入り込む風が、そよそよと、カーテンを揺らし、ときおり隙間が開いた。その、わずかな隙間から、彼女の存在を感じる。

この薄っぺらい一枚の布の向こうには、三日月さんがいる。
普段一緒にいるときよりも、近くに感じてしまうのはなぜだろう。


「心配してくれたでしょ、私のこと」


ふいに、言葉を紡いだ彼女。

その声に、真っ直ぐカーテンを見つめると。


「向葵くんって、表面上では全然気にしてない。淡白な人みたいな態度とってるけど、ほんとは全然そんなことなくって人に対してすごく優しいよね。例えるなら、自分のテリトリーに招き入れた相手にはとことん親切になる、みたいな感じかな」


弾丸のように紡がれる言葉に、え、と困惑しながらも、自分のことを理解されているようで恥ずかしくなる。


「なんだよ、テリトリーって。僕はべつにそんなつもりないし…」

「そう? あ、でもさ、最初私と話したときは毛を逆立てて威嚇してるみたいだったよ」

「…はぁ? なんだよそれっ」


毛を逆立てて威嚇してるみたい?

そんな動物じゃないんだから、僕はそんなことしない。


「ほんとにしてたの! 全身の毛をふあっと逆立てて猫みたいに威嚇してたの!」