転校生である“三日月ひまり”は、とても元気で明るくて可愛いと、よく噂で聞いていた。
教室の隅の方で、文庫本を読んでいる僕にすら聞こえてくる。
なぜなら、クラスメイトの男子のほとんどがその話題でもちきりだからだ。
「ねぇ、向葵くんって呼んでもいい?」
突然告げられた提案に、え、と声をもらしたあと。
「……やだよ」
「どうして?」
どうしてって、そんなの変な誤解されたくないからだろ、とは言えなくて。
「とにかくやめてくれ」
一喝するけれど、じゃあやめない、と言ってべーっと下を出していたずらっ子のように笑った。
「は?」
「だって理由ないんでしょ? だったら私がどう呼ぼうが私の自由じゃない」
なんだそれ。まるで、みんなのものは自分のもの、とでも言っているようなものと同じだぞ。
「ほんと、やめて」
「じゃあ断るからには、ちゃんとした理由があるからなんでしょ?」
きみには関係ないだろ、のどまで出かかった言葉をゴクンと飲み込んで。
「……べつに」
これ以上は立ち入るな、と牽制する。
ふつうの人ならここまで言えば僕に関わってくる人なんていないのに。
「そうやって自分の言葉飲み込むばかりでいいの?」
きみだけが、なぜか違った。
なぜか、僕に突っかかってくる。
「……ほっといてくれよ」
今日まともに話した相手なんかに僕の何が分かるって言うんだよ。