箒で履く手を止めて、和館の裏庭に立つ枝垂れ桜の老木を見つめる。

 清一様と出会ったあの春の日に、薄紅の花を無数に付けていた木の枝が冬の冷たい空気に晒されてひどく寒そうだった。

 じっとしていると悴んでくる手で箒の柄を握り直す。

 懐かしい思い出に浸っている場合ではない。早く、掃除を終わらせてしまわなければ。

 握った箒を動かそうとしたそのとき、和館の縁側の窓が横に轢かれる音がした。

「さくら」

 懐かしい記憶を思い出していたからだろうか。背中から聞こえてきた清一様の声にいつも以上に胸がきゅっと切なく詰まる。

 振り向くと、清一様が出会った頃よりも青年らしくなった顔で微笑んだ。 

「やっぱり、ここにいた」

縁側の外に持ってきた靴を下ろすと、清一様が裏庭に出てくる。

「寒くない?」

 清一様が箒をつかんで白くなったわたしの手に視線を向ける。ブンッと大きく首を左右に振ると、清一様がふっと息を漏らした。

「これ着て」

 清一様が上着を脱いでわたしに差し出してくる。

 そんな、滅相もない……!

 清一様の行動を見てさらに大きく首を左右に振ると、彼がわたしに歩み寄ってきて肩から上着を羽織らせた。