清一様がわたしを「さくら」と呼ぶようになってから、お屋敷の使用人たちのあいだにもその名前が次第に定着していった。
お屋敷に年の近い子どもがいなかったせいか、清一様は使用人のわたしのことを妹のように可愛がってくれた。学のなかったわたしに読み書きを教えてくれたのも清一様だった。
彼の存在は特別で、わたしを象る世界の中心だった。
けれど、年齢を重ねるにつれて清一様がわたしと過ごせる時間は少しずつ減っていった。年頃になっても使用人であるわたしと親しくしていることを旦那様や奥様に咎められたのだろう。
それでも清一様は、お屋敷の中や庭でわたしの姿を見かけると、子どもの頃と同じように優しく笑って話しかけてくれた。
「さくら」と。
低く柔らかな、優しい声で。
そして時が経つほどに、清一様が呼ぶ声はわたしの胸をきゅっと息苦しく締め付けた。