あれは、いくつの頃だろう。
親と言うのは名ばかりで、ろくに働きもせずに酒ばかり飲んでいた父が死んだ。
孤児となったわたしを憐れんで引き取ってくれたのは、これまで一度も会ったことのなかった伯母で、父の姉にあたる人だった。彼女は外交官をしている華族のお屋敷で使用人として働いていて、わたしをそこの働き手のひとりにしてくれた。
お屋敷に務めるようになったばかりの頃、まだ子どもだったわたしが任されていたのは、炊事場の後片付けや広い庭のお掃除だった。
生まれて初めて足を踏み入れた華族のお屋敷は、今まで見たこともないくらい大きくて立派で。お仕えするご家族が主に生活されている西洋風の本館は、まるで異国のお城のようだった。それに併設するように建っている和風の別館も、わたしが父と生活していた雨漏りのする古くて狭い家がいくつも入りそうなほどの大きさだ。
「別館の裏庭のほうを頼む」
お屋敷の入口の植木の剪定をするという次郎さんに箒を渡されたわたしは、自分の背丈よりもやや大きなそれをよろけながら受け取った。
次郎さんは、わたしを引き取ってくれた伯母の旦那さんだ。次郎さんもお屋敷で使用人として働いているのだが、無口な人で、わたしとは必要最低限しか話さない。
次郎さんが行ってしまうと、わたしは大きな箒を引きずりながら別館の裏庭へと向かった。