「さくらの頬っぺた、すごく冷たい」

 清一様がわたしの頬にそっと手の甲で触れる。けれど、清一様の真っ直ぐな黒の瞳でじっと見つめられたせいで、寒さに冷え切ったわたしの頬はすぐにでも熱く火照りだしそうだった。

 ひさしぶりに至近距離で向き合う清一様のことを直視できずに、目を伏せる。清一様は、そんなわたしの頬を優しく撫でると呟いた。

「さくら。春になったら、しばらくここを離れる。父さんの研究の手伝いで、ドイツに行くことになったんだ」

 清一様の言葉に、火照りかけていた頬の熱が冷める。

 やはり、旦那様と清一様が異国へ行くという使用人たちの噂は本当だったのだ。

 血の引いた青ざめた顔をあげると、清一様がどこか切なげな目をしてわたしを見つめていた。しばらくの沈黙ののちに、清一様がわたしに羽織らせた上着のポケットに手を入れる。

「さくらに、渡したいものがあって」

 清一様が躊躇いがちに差し出してきたのは、桜の花の髪飾りだった。

「必ず迎えに来るから、待っていてほしい。急にこんなこと言ったとして、さくらはおれのことを受け入れてくれる?」

 髪飾りを持つ清一様の手が、微かに震えているのがわかる。

 彼がわたしにくれた名前と同じ花の髪飾り。それを差し出しながら伝えられた彼の言葉に、許されない期待で胸が震えた。