寒い。
 マフラーをきゅっと巻き直してから、指先の冷えた手をコートのポケットに突っ込む。
 この地域の冬の寒さにはだいぶ慣れてきたつもりだけど、今日は一段と寒い。それなのに、学校に手袋を忘れてきた。

 少しでも寒さが紛れるように、ポケットのできるだけ奥にぎゅーぎゅーと手を押し込みながら早足で歩いていたら、後ろから肩を叩かれた。

「今帰りか?」

 振り返ると、黒のリクルートスーツに紺のコートを着たお兄ちゃんがにこっと笑った。

「そっちこそ、早いね」
「あぁ、たまにはな」

 そう答えるお兄ちゃんは、何だか機嫌がよさそうだった。
 次の春で大学を卒業する予定のお兄ちゃんは、最近就職活動で毎日忙しそうだ。
 黒のリクルートスーツを着て、説明会だ、面接だと時間刻みで動き回っているらしい。