「あー、あっつい」
熱気がこもった部屋で、私は呟いた。
「暑いですね。なんでこんなにクーラーの利きが悪いんですか? 欠陥住宅ですよ?」
「あんたが割った窓ガラスのせいだからっ! クーラーの冷気を上回る速度で外から熱気が入って来るの! あんたが割った窓から!」
窓に人差し指を向けて言った。
「なるほど。熱は温度の高い方から低い方に伝わる。クラウジウスの定理、いわゆる熱力学第二法則ですね」
「そう。そんで人の家の窓を割るのは器物損壊罪! ついでに人の家に勝手に入るのは住居侵入罪! ドゥーユーアンダースタン?」
続けて指を少女の方に向ける。
「はぁ。ちょっと難しくてよくわかりません」
「七三二年、ピレネーを越えて侵攻したイスラーム軍をフランク王国のカール=マルテルが撃退した戦いは?」
「トゥール・ポワティエ間の戦い」
「脇からシイタケ生やしてやろうか!」
自分でも意味のわからない暴言を吐きながら、テーブルを思い切り叩く。本当はこいつをぶん殴りたかった。
「では、次は私が出題する番ですね。牛乳を暖めたときに表面に薄い膜が――」
「そういう遊びじゃねーよ! この窓をどうにかしろって言ってんの!」
大きな穴が空いた窓を、再びビシッと指さす。
「そうなんですか。最初からそう言ってくれればいいのに」
少女は割れた窓の方に手をかざす。次の瞬間、辺りが眩い光に包まれた。
私は反射的に目を閉じる。
目を開いた私は、餌を欲しがる金魚のように、口をパクパクさせることしかできなかった。
窓ガラスが元通りになっていたのだ。