「海まで行って、まだセンサーが赤のまんまだったら、いいかげん帰るからな」
「えー、次行こうよ、次。楽しいじゃん。楽しくない?」
「ンなわけないだろ」
僕らはまだ薄暗い、朝の青白い空気の中を自転車二台並べて走りぬける。市街から離れるにつれ、国道沿いの自転車通路の幅もゆとりがでてきた。
「ねー、海まで後どのくらい?」
「スマホの電池やばいから、もう切ってる。おまえが地図出せよ」
「あたしの? 学校に置いてきちゃった。だってGPSついてんだもん。中学生になったら切ってくれるって言ってたのに、女の子でしょとかって、外してくれなくてさ。……あっ、まさかあんたの、GPSついてないよね!?」
ウッと図星に喉が詰まった。
実は、親がつけたままでいろってうるさくて、面倒だし、ベツに一人でどこ行くわけでもないし、機能付きのままだったんだ。だけど男子の間でGPS脱獄ってのが流行ってて、一緒にその操作を覚えておいてよかった。昨日の最初のコンビニで、僕の居場所は途切れてるはずだ。あいつらのおかげで僕はメンツを保てたらしい。
「標識、海だって!」
ミナツの声に、我に返った。
青い道路標識、直進する白い矢印の横に、「海岸行」の文字!
僕らはマスクの顔を向け合う。
ドキドキと心臓が弾む。
ペダルを漕ぐ足を速くする。
「すっげ!」
「来たァ!」
僕もミナツも、マスクの中で反響するほど声が大きくなった。
ミナツは自転車をポイと放り捨て、堤防に駆け上がる。
「おい、自転車っ!」
僕は仕方なく、あいつの自転車まで立て直してやって、自分のとアイツのと、ご丁寧に鍵をかけてやる。
しょうがないヤツだなと呟きながら、僕もはやくあっちに行きたくて仕方ない。指先が震えてる。
そうか。僕、もう来られるんだな。
親に連れてってもらわなくても、自力で自転車漕いで、来られるんだ。
心臓の鼓動が、急にリアルに感じて、なんだか怖いくらいだ。
「日の出だよ!」
ミナツが叫んだ。
つるりとした卵の頭がこっちを向く。
あの卵を割ってやりたい。中身を見たい。今、ミナツはどんな顔をしてる?
強烈にそう思ったら、自分のマスクすら息苦しくなってきた。
酸素濃度のランプは緑で、決して酸素不足じゃないはずなのに。
――と、視界のすみっこのセンサーの警告灯が、
「あっ! ミナツ、センサーが!」
僕は声をあげた。
緑だ! ずっとずっとずっとずっと赤い色しか見たことなかったセンサーが、緑色に変ってる!
ミナツは迷いなく、もぐようにマスクを脱ぐ。
堤防に立ちあがった彼女の背中に、髪が風に揺れて元気に泳いだ。
「ひゃっほ~~っ!」
ヤツは思いっきり、マスクを砂浜に放り投げる!
「ば、馬鹿! 壊れたらどーすんだよ!帰れないじゃんか!」
「ほら、太陽出てきたよっ! 見て!」
水平線に手を振るミナツ。その嬉しそうに弾ける声の、澄んだ色。
マスクの拡声器越しじゃない、ミナツの本当の声だ。
心臓が壊れそうなくらい踊ってる。
僕はミナツを追いかける。
そして自分も後頭部の解除ボタンを押し込んだ。家に帰ってからじゃないと、押したことのないボタンだ。外では大人の許可がないと開くことのないボタン。
それが本当に、ピピッと緑の光を明滅させて、作動した。
紺色の卵の殻を脱ぎとって、思いっきり頭を振る。
肌に叩きつけてくる潮風。
「うわっ、しょっぱい!」
「うん、しょっぱいね。風がしょっぱい」
「顔がすぅすぅするな。それに、まぶしい」
「うん、まぶしい。目が痛いよ」
プラスチックガラスごしに遠かった景色が、今、鮮やかな輝きを放って、目に直接差し込んでくる!
――朝日だ!
太陽が水平線から昇ってくる。
僕は身体中に日の光の煌めきを吸い込んで、満たして、わけのわからないほど嬉しくてたまらなくって、叫びたくなる。
「すごいな、ミナツ! 朝日だ!」
「あんたが笑うとこ、初めて見た。あ、顔自体もかァ」
ミナツは髪を片手で押さえて、隣に並ぶ僕に首を向けた。
細められた三日月の――ちがう、ぎゅっと上まぶたと下まぶたに押されて、太陽の光の粒子みたいにきらきら輝く瞳。唇の両端に滲んだ、熱いような、胸がじんと痛くなるような色。
「おはよう、アサヒ!」
金色の光の中で、ミナツは笑った。
「えー、次行こうよ、次。楽しいじゃん。楽しくない?」
「ンなわけないだろ」
僕らはまだ薄暗い、朝の青白い空気の中を自転車二台並べて走りぬける。市街から離れるにつれ、国道沿いの自転車通路の幅もゆとりがでてきた。
「ねー、海まで後どのくらい?」
「スマホの電池やばいから、もう切ってる。おまえが地図出せよ」
「あたしの? 学校に置いてきちゃった。だってGPSついてんだもん。中学生になったら切ってくれるって言ってたのに、女の子でしょとかって、外してくれなくてさ。……あっ、まさかあんたの、GPSついてないよね!?」
ウッと図星に喉が詰まった。
実は、親がつけたままでいろってうるさくて、面倒だし、ベツに一人でどこ行くわけでもないし、機能付きのままだったんだ。だけど男子の間でGPS脱獄ってのが流行ってて、一緒にその操作を覚えておいてよかった。昨日の最初のコンビニで、僕の居場所は途切れてるはずだ。あいつらのおかげで僕はメンツを保てたらしい。
「標識、海だって!」
ミナツの声に、我に返った。
青い道路標識、直進する白い矢印の横に、「海岸行」の文字!
僕らはマスクの顔を向け合う。
ドキドキと心臓が弾む。
ペダルを漕ぐ足を速くする。
「すっげ!」
「来たァ!」
僕もミナツも、マスクの中で反響するほど声が大きくなった。
ミナツは自転車をポイと放り捨て、堤防に駆け上がる。
「おい、自転車っ!」
僕は仕方なく、あいつの自転車まで立て直してやって、自分のとアイツのと、ご丁寧に鍵をかけてやる。
しょうがないヤツだなと呟きながら、僕もはやくあっちに行きたくて仕方ない。指先が震えてる。
そうか。僕、もう来られるんだな。
親に連れてってもらわなくても、自力で自転車漕いで、来られるんだ。
心臓の鼓動が、急にリアルに感じて、なんだか怖いくらいだ。
「日の出だよ!」
ミナツが叫んだ。
つるりとした卵の頭がこっちを向く。
あの卵を割ってやりたい。中身を見たい。今、ミナツはどんな顔をしてる?
強烈にそう思ったら、自分のマスクすら息苦しくなってきた。
酸素濃度のランプは緑で、決して酸素不足じゃないはずなのに。
――と、視界のすみっこのセンサーの警告灯が、
「あっ! ミナツ、センサーが!」
僕は声をあげた。
緑だ! ずっとずっとずっとずっと赤い色しか見たことなかったセンサーが、緑色に変ってる!
ミナツは迷いなく、もぐようにマスクを脱ぐ。
堤防に立ちあがった彼女の背中に、髪が風に揺れて元気に泳いだ。
「ひゃっほ~~っ!」
ヤツは思いっきり、マスクを砂浜に放り投げる!
「ば、馬鹿! 壊れたらどーすんだよ!帰れないじゃんか!」
「ほら、太陽出てきたよっ! 見て!」
水平線に手を振るミナツ。その嬉しそうに弾ける声の、澄んだ色。
マスクの拡声器越しじゃない、ミナツの本当の声だ。
心臓が壊れそうなくらい踊ってる。
僕はミナツを追いかける。
そして自分も後頭部の解除ボタンを押し込んだ。家に帰ってからじゃないと、押したことのないボタンだ。外では大人の許可がないと開くことのないボタン。
それが本当に、ピピッと緑の光を明滅させて、作動した。
紺色の卵の殻を脱ぎとって、思いっきり頭を振る。
肌に叩きつけてくる潮風。
「うわっ、しょっぱい!」
「うん、しょっぱいね。風がしょっぱい」
「顔がすぅすぅするな。それに、まぶしい」
「うん、まぶしい。目が痛いよ」
プラスチックガラスごしに遠かった景色が、今、鮮やかな輝きを放って、目に直接差し込んでくる!
――朝日だ!
太陽が水平線から昇ってくる。
僕は身体中に日の光の煌めきを吸い込んで、満たして、わけのわからないほど嬉しくてたまらなくって、叫びたくなる。
「すごいな、ミナツ! 朝日だ!」
「あんたが笑うとこ、初めて見た。あ、顔自体もかァ」
ミナツは髪を片手で押さえて、隣に並ぶ僕に首を向けた。
細められた三日月の――ちがう、ぎゅっと上まぶたと下まぶたに押されて、太陽の光の粒子みたいにきらきら輝く瞳。唇の両端に滲んだ、熱いような、胸がじんと痛くなるような色。
「おはよう、アサヒ!」
金色の光の中で、ミナツは笑った。