「まあまあうまくやっていたと思うぜ。でも本当にやりたいことは他にあった。偶然その道に通じる機関が人材を募集していたから、すぐ応募した」
「製薬会社営業から、悩まず他職種に転職するなんて」
「そこで、組織の二番目として働いていた」
「マジかー」
湊くんの目に、令和フィルターがかかっているのがわかる。違うのよ。農家の子が武士を目指して上京したってだけの話……って、じゅうぶんすごいか。
うまくいく保証などないのに、思い切った行動をする。周りに無鉄砲と言われるだろうけど、そういう人の勇気を羨ましくも思う。私にはないものだから。
きっと、湊くんも同じ気持ちなのだろう。土方さんを尊敬するようなまなざしで見ている。
「だけど、覚えているのはそこまでだ。なぜか今はここにいる」
自分の記憶喪失設定を思い出したのだろう。辻褄を合わせるようにそう言った。
「人生、いつなにが起きるかわからねえ。自分の出自を変えることもできねえ。ただいつでも方向転換はできる。間違った道なんて、ねえんだよ」
話を聞き終えた湊くんは、顔を上げて大きくうなずいた。
「ありがとう。なんだか、前向きになれる気がするよ」
男同士で通じるものがあったのか、湊くんが独自の解釈をした結果そうなったのかはわからない。まあいいか。結局、励まされたみたいだし。
「おう。後悔のねえようにな」
私たちは湊くんに一緒に帰るように促した。買い物を手伝ってもらったという体で寮に帰ると、寮長は事情があることを察したのか、黙ってうなずいてくれた。