数日後。

「新しい寮母、知ってるか?」

「あのおっさんだろ?」

「あの寮母、過去に人を殺してここに来たらしいぜ」

「マジかよ」

 そんな根も葉もない噂がまことしやかに呟かれるようになるのに、時間はかからなかった。

 殺人犯の他には、結婚詐欺を働いた元ホストだとか、売春斡旋したとか、色々なバリエーションがあった。

 みんなに恐れられている加瀬くんを一瞬で降伏させたということが、一緒にいたふたりの寮生から寮じゅうに広がった結果がこれだ。

 
 土方さん本人は、私も知らない間に一部の寮生の相談相手としての地位を確立していた。おとなしく真面目な子ばかりではなく、退学寸前まで悪いことをした子の相談にものっているから驚きだ。

 とにかく彼は、荒くれ者の対応がうまいのだ。他の職員では正直怖くて手が出せなかった加瀬くんみたいな子にも、平等に指導をする。

『おっさんって、なにか武道でもやってたのか?』

 食堂で食器を返しつつ、加瀬くんが私に聞いてきたことがあった。本人に聞けばいいのにと思いつつ、言葉を選ぶ。

『うん、剣道をやってたみたいよ』

『あいつ、堅気じゃないだろ。前科者か? 目つきが違う。きっと何人か殺してるぜ』