「いや別に、僕は美晴に無礼を働こうなんて」

 してない、と沖田くんが最後まで言う前に、大きな声をかぶせてくる土方さん。

「俺は美晴の言うことに嘘はねえと判断する。だが、杞憂だったな。俺はお前たちのことなんざ、可哀想だとは思わねえ」

 ニッと口の片端を上げて笑った土方さん。沖田くんは大きな目を瞬かせていた。

「新選組と同じ、か。鍛え甲斐があるじゃねえか」

 喉の奥でくっくっくと笑う彼は、傍から見たら、鬼のよう。肌がぞくりと粟立った。

「土方さん、今は幕末じゃないですから。ねえ美晴、ちゃんと教えておいてよ。体罰とかダメだからね」

「ひいい。ダメ、体罰絶対ダメ」

 彼がなにをするつもりなのかはわからない。が、幕末の常識で寮生たちを取り締まれると思ってもらっては困る。

 ここは彼らが安心して過ごせる場所でなくてはならない。新選組のような軍隊組織ではないのだ。

 たくましい肩にすがりつくと、土方さんは声を出して笑った。

「ここのやつらがちゃんとしてれば、なにもしないさ」

 嘘だ……この人、なにかする気だ……。

 そもそも、新選組副長をやっていた人が、寮母の仕事だけで満足できるわけがないんだ。

「あんまり厳しくしすぎると、新選組みたいにドロップアウトするやつが──」

「わー! 沖田くんはネタバレ禁止だからね! 絶対!」

 ドロップアウトの意味が土方さんにはわからなかったようで、助かった。実は禁門の変のあと、新選組のもう一人の副長であった山南敬助が脱走し、最終的に切腹してしまう。この事件は有名らしく、さらっと調べる程度でも知ることができた。

 沖田くんの存在が土方さんの心の支えになればいいと思ったけど、逆に刺激もしちゃって事態を混乱させそう。

 うーん、前途多難。