「土方と申す。此度は下働きとして採用していただきたく、参上つかまつった」
土方さんは武士らしく、挨拶をした。いやいや、丁寧にしているつもりなんだろうけど、不自然すぎる。
「あのう、土方さんは実は記憶を失くしているんです。だから私が付き添いで来ました。寮の裏庭で倒れているのを発見したんですが、その、自分の家もわからないというので、しばらく働いてもらいながら保護できればと思って」
ランチの間に打ち合わせてきた設定を話す。嘘を吐くのに慣れていないので、たどたどしい話し方になってしまった。
「まあ、それは大変ね。いつまでいてもらっても構わないけれど、捜している人がいるかもしれないわ。警察には届けたの?」
あれこれと事情を深く聞くこともなく誰でも受け入れてしまうのは、彼女の美徳であり、困った点でもある。
ちなみに困るのは、彼女ではない。彼女の周囲の人間がハラハラするという意味だ。しかし及川氏の目に狂いがあったことは今までなく、学園でも寮でも、大きな問題は起きていない。
「え、ええ。一応」
また嘘を吐いてしまい、目が泳いだ。
理事長は私の恩人でもある。恩人に嘘を吐く罪悪感がトゲとなって、胸をチクチク突き刺した。