駆け出した私は、数歩で振り返った。土方さんの声も足跡も、追いかけてくる気配がなかったからだ。

 雨が、彼の体を濡らしていた。街灯の下の彼が、陽炎のように揺らいだ気がした。

 こんな光景を、少し前に見たことがある。あれは、壬生で足元に水をひっかけられた時だ。

「ああっ……!」
 
 土方さんの体が、ステンドグラスみたいに色を保ったまま透けてきている。まるで、存在自体が薄くなっているように。

 彼は目を見開き、刀を見つめた。彼の愛刀・和泉守兼定も、雨に濡れて透き通る。

「土方さん!」

 黙って見ていられず、近くに駆け寄る。土方さんの腕をつかもうとした私の手が、ひょいと空を切った。

「あ……」

 嘘だ。嘘だ、嘘だ、嘘だ。

 こんなのってない。もう彼に触れられないなんて。

 ついさっきまで、彼のぬくもりを感じていられたのに。これからもずっと、傍で、彼の存在を感じていられると思っていたのに。

「……夢の時間が、終わるのか」

 彼自身、信じられないと言うように、自分の透けた手を街灯に翳して何度も裏返した。

「俺ぁ、元の場所に帰るのか」

 声までもが、少し遠くから聞こえてくるようだ。

「嫌です。どうしてっ」