「で、なんの用でここに来た?」
土方さんが話題を切り替えると、原田先生が表情を変えた。真顔で、「そうだった」と手を鳴らす。
「トシさんも美晴ちゃんも、加瀬を見てないか?」
「加瀬くん?」
土方さんが寮母になったばかりの頃に喧嘩を売って返り討ちされた加瀬くんか。
「彼はたしか今日、寮にいるはずだけど」
私は外出届ファイルを取り出し、開いた。土日は寮生が自由な時間を過ごせる。ただ外出といっても使えるお金は限られているので、主に生活必需品の買い物かアルバイトが多い。
届を見たけど、加瀬くんの名前は見つからない。
「そうか。昼飯のときもいなかったし、部屋にもいないんだ」
「他の寮生の部屋にいるんじゃねえのか」
「弱ったな。あいつ、就職先が決まってないんだよ。一刻も早く面談しないといけないんだけど、いつも逃げられちゃって」
就職希望の寮生は、夏休みに職場見学、九月には選考が始まり、中旬には内定が出る。今は二次募集の選考時期だ。今を逃すと、来年四月入社は厳しい。
ほとんどの寮生が無事に住宅補助や寮がある就職先への就職を決めていたが、加瀬くんは一次募集にも二次募集にも応募すらしていないという。
「もっと早く俺が赴任して相談に乗ってやってたらなあ」