「昔だって、女児を花街に売ったり、身分差別されたり、色々ひどいことはあったさ。昔には昔の、今には今の地獄がある」

 たしかに。お年寄りは「昔はよかった」と言うけれど、昔は戦争があったり、もっと国民全体が貧しくてご飯もろくに食べられない時代があったりした。今の方がいいこともある。

「お前は真面目だな。もっと明るい話題はねえのか」

 話しながら歩いていると、いつの間にか人工の森を抜けていた。開けた場所に、見事な日本庭園が広がっている。

 色づき始めた楓が、池に映り込む。まだ十月半ばなので、紅葉と呼ぶには早い。緑の木がほとんどだ。それでも、季節が移り変わる途中の、なんとも言えない切ない雰囲気が漂う。

「綺麗ですね」

「御所とはまた違った雰囲気だな。こちらの方が、自然が多い」

 御所の庭の木は、庭師によって完璧な形に整備されていた。こちらは配置にこそこだわっているようだが、枝葉には自然に伸びた雰囲気が残っている。

 池にかかっている太鼓橋を渡るとき、土方さんが手を差し伸べてくれた。私はタコができたその固い手を握った。