「ひい、この坂、結構きつい……」
すぐに息が乱れた私と違い、土方さんは平気な顔をしていた。
「もう少しゆっくり行こう。寮生に張り付いていなくていいと、理事長も言っていた」
「それは、そうですけど。なにか、あったとき、やっぱり近くにいた方が」
息切れして、話すのもしんどい。ああ、人力車が悠然と横切っていく。乗っていきたいけど、私の薄給ではちと厳しい。土方さんもいるし。
ぜえはあと息をする私の手を、はしっと誰かが掴んだ。驚いて見ると、土方さんが呆れたような顔で私をとらえて立ち止まっていた。自然と私の足も止まる。
「ちょっと落ち着け。そう急いでも、なんにもならねえ」
土方さんは私の手を引いて、道の端に寄せる。
て、手……繋がれている。男の人と手を繋ぐなんて、大人になってから初めてだ。
「美晴の仕事は、寮生が安心していられる場所を守ることだ。そうだろう」
「はい」
まだまだ未熟だけど、私は寮生の母親代わりだ。そうでなくてはならない。
「俺の母は物心ついた頃には肺を病んでいた。だから抱かれた記憶もねえ。そのまま七つのとき、母は死んだ。その前に父も死んだ」