いったいなんだろうと訝しむと、原田先生が建物の向こうを指さした。そっと顔を出すと、そこには土方さんがいた。

 裏庭でひとり、竹刀でも木刀でもなく、床掃除用の一番重いモップを持って素振りをしている。

 黒真珠のような瞳が、月光を受けてきらりと光る。精神を統一し、ただモップだけに集中しているのがわかった。

「毎晩素振りしてるんだ、トシさん」

 知らなかった。言葉が出てこない。彼は私が知っている寮母の土方さんではなく、幕末の武士だった。

 体がなまらないように? 雑念を払うために? あるいは。

 彼がそうする理由は、私にはわからない。ただ、彼が武士の目をしているのを見ると、胸が締めつけられた。

「一緒に京都に行ってさ、色んな話をしておいでよ」

 原田先生は、足音を立てないようにゆっくりと出入り口の方に帰っていく。

 土方さんが素振りしている姿を見せるのが目的だったの? それこそなんのために。

「色んなって……」

「色んなは、色んな、だよ」

 原田さんは意味ありげな視線を私に向けた。