帰るも帰らないも、寮生の自由だ。母親からの希望があったとしても、強制的に家に帰されるわけではない。本人が拒否すれば、寮に居続けることが可能だ。

「いや、悪かった。お前が帰るって決めたならそれでいいんだ」

 土方さんは「余計な事を言ったな」と呟いて、お茶を飲んだ。有田くんは
「いいえ。俺も迷っているんです。断ろうかな」と返した。

 ゆっくりと食事を終えて、有田くんは食器を返却口に片付けた。

「聞いてもらえただけで楽になりました。ありがとうございました」

 律儀にお礼を言って帰っていく有田くんに、大人たちは思わず会釈を返した。

「あいつは、ガキのくせに気を使いすぎだな。そうならざるを得なかった、か」

 洗い場に立つ土方さんを、原田先生が眺めた。

「トシさんならどうする? 今幕末に帰れるとなったら、帰るか?」

「ああ?」

 有田くんが使った食器を洗いながら、土方さんが眉をひそめた。

「そりゃあそうでしょう。やっぱり土方さんは新選組副長でなくちゃ」

 沖田くんがテーブルに乗り出す。原田先生は「まあまあ」と彼を宥めた。

「でもさ、今のトシさんもいい顔してるじゃないか。まるで江戸にいた頃のように」

 江戸にいた頃。まだ土方さんが新選組副長という重荷を背負う前だ。彼は京都に出てから、怜悧な鬼副長と呼ばれることになる。

「戦もない、食べ物は豊富、水汲みも薪割りもしなくていい。幕末よりこっちの方が快適だと、俺は思うけどね」

 原田先生の言うことはもっともだけど、土方さん本人は、快適さだけでは判断できないよね。

「……そうだな。便利は便利だ」

 土方さんが、ちらりとこちらを見た。そんな気がした。

 けれど彼はなにも言葉を発することなく、食器を洗っていた。原田先生の質問に答えることを、拒否するような雰囲気で。

 原田先生は苦笑すると、「ごちそうさま」と言って席を立った。土方さんはその後も黙々と片づけをしていた。