「今日はちょっと疲れたので早く寝ます」
自分の部屋のドアを開け、滑り込もうとした、そのとき。
「美晴」
ドアの隙間に、土方さんの室内用サンダルを履いた足が挟まった。まるで、悪徳訪問販売業者だ。
「なんなんですかっ」
「お前こそどうした。顔色が悪いやら、目が赤いやら、尋常じゃねえ。なにかあったのか」
首を起こすと、土方さんの秀麗な顔が私を心配そうに見下ろしていた。
「やめてください」
「やめねえ。開けろ」
強引な態度に泣きそうになる。こんなところを寮生に見られたら、ただではすまない。
「もう。とりあえず入ってください」
結局私は土方さんの強引な態度に根負けし、ひとまず部屋に入れることにした。心は台風のように荒れ狂ったままだ。
すとんと部屋の中央に向き合って座り込んだ私たち。土方さんは武士らしくあぐらをかき、拳を膝に乗せていた。
「私、知っているんですよ」
「なにをだ」
「土方さん、彼女がいるでしょう。なのに他の女性、しかも私なんかに優しくするのは、よくないと思います」
できるだけ冷静に話すと、土方さんは「鹿野所?」と首を傾げる。カタカナじゃなくても伝わらないのか、しらばっくれているのか。
「隠れて寮を出て逢引するなんて、寮母失格です」
「は? 逢引?」
「恋人がいるなら、そのひとの家に住まわせてもらったらどうですか」
「ちょっと待て。恋人とは、恋仲のことか。どうしてそうなる」
土方さんは、キョトンとした顔で聞き返してきた。