「ごめん! 本当にごめん!!」

 駅のホームで、ようやく僕は彼女と向き合うことが出来た。そして精一杯頭を下げる。

「ちょっ……やめてよこんな所で!」
「でも……」
「滝藤くんが悪いわけじゃないでしょ? あの人達ちょっとおかしいよ! ほら、もう電車来るから、頭上げて」
「…………」

 情けなかった。この人の目の前でいじられる自分が。何も言い返さない自分が。あんな事は慣れっこだったし、これから先も似たようなことは続くと思っていた。だから、気にする気持ちなんてとっくに失せていたはずなのに……ただただ、自分が情けなかった。

『二番線に 電車が 参ります 危ないですから 黄色い点字ブロックまで おさがりください』

 日本語のアナウンスがホームに響く。続いてそれを翻訳した流暢な英語が流れ、最後に轟音とともに電車が滑り込んできた。


「……あいつら」

 ふたり並んでシートに座る。反対側の窓の外を流れていく景色をぼんやりと見ながら、僕は話し始めた。

「中学の時行ってた塾で同じだったんだ。うちの塾、集団授業だったんだ。だからあいつらとは3年間、何かと模試や小テストの点数で比べられてさ……」

 性格はクソみたいな連中だけど、アタマの出来は僕なんかよりもよかった。授業を理解できてるかはテストの点数が雄弁に語ってくれる。僕はいつだってあいつらより10~20点は下。だから僕は、格好のイジり対象だった。

「あいつら私服だったろ? あの辺りにある私大の附属校に行ったんだよ。僕も志望したけど……僕だけ受からなかった」

 何も文化祭のマッチングパーティーからじゃないんだ。僕だけがあぶれる。それはずっと昔から、僕にとってはあたり前のことだった。

「あの人達、滝藤くんのことをひどい呼び方してたよね?」
「ああ、テキトー野郎ってやつ? 仕方ないよ。僕はそれなりに一生懸命やってたつもりだったけど、あいつらには適当にやってるから結果が出ないと思ってたんだ。それで、名字の滝藤(たきとう)をもじってテキトーって」
「そんな……」
「笑えるでしょ? しかも名前の一途(かずと)は『いちず』って読むじゃん? テキトーイチズって、フルネームで矛盾起こしてる。それもよくイジられてさ、はははっ」

 本当に自分が嫌になる。なんで僕はここで笑うんだ? 自分自身の事だろ? それとも、この人に笑ってほしいのか? テキトーやろうってイジってほしいのか?どんだけギャグセンス死んでるんだお前……?

「最低……笑えるわけないじゃん!」

 自嘲する僕の口元が凍りついた。

「私に言わせれば……滝藤くん全然適当なんかじゃないよ? むしろ……結構、頭いいと思う。もしかしたら私よりも……」

 は? 何を言い出すの?

「さっき、古文を教えてて思ったんだ。この人、飲み込みが凄く早いって。多分、本気で勉強したら、すぐに学年トップクラスになるって」
「何を言い出すかと思えば……うん、でもなぐさめでも嬉しいよ。正真正銘の学年トップクラスに、そんな事言われるなんて思ってもみなかった」
「そんな! なぐさめなんかじゃ……」
「真面目に勉強したら? 僕がそれ出来ると思う?」

 しまった、と思った。声がささくれだっている。少し苛ついたような言葉が出てしまった。けど……もう止まらない。

「僕は堕落部の部長だよ? 方月さんも知っての通り、だらしなく生きることが取り柄みたいな奴さ。そんなのが、学年トップになれると思う?」

 ダメだ。方月さんに向かってこんな事言うなんて絶対に駄目だ。けど、けど、何かに操られたように舌が勝手に回る。

「滝藤くん、やめて」
「完璧超人の方月さんにはわかりっこないさ。テキトー野郎の気持ちなんて……」
「やめてよ!」

 大きく、苦しそうな苛立ちの声。車内の人たちの視線が一斉に僕たちに注がれた。

「……やめて。確かに、滝藤くんは私の"堕落"の師匠だけど……そんな堕ち方は嫌だよ。自分を卑下して感傷に浸るなんて……そんなの遊びでもなんでもない、本当の堕落じゃない!」
「……………」

 何も言えない。沈黙が続くことで、周囲の視線も興味を失い、またすぐにいつもの夕方の車内に戻った。

『……お出口は 左側です』

 車内アナウンスを聞いて、方月さんは立ち上がった。

「じゃあ私……ここで降りるから……」

 それだけ言うと、彼女はドアの方へと歩いていった。