「部活なんだから、活動記録は付けなきゃでしょ?」

 木曜日。そう言って方月さんは僕にルーズリーフを一枚手渡してきた。真面目か。
 寝転んでポテチを食べること、コーラを飲むことへの罪悪感。それらが案外難しいという発見。そもそも制服のまま寝転ぶことに対して最初に覚えた抵抗。そしてそれらを全部ひっくるめても代えがたい、"堕落"という蜜の味……そういうことがB5サイズの紙片に手書きで丁寧に綴られていた。
 中でも、初めて読む週刊少年ホップスの世界は衝撃的だったようで、その項目が最も文字数が多かった。男の子向けのマンガなんてみんな殴り合ってばかりで女の子はパンツを見せてばっか、そんな偏見が彼女の中にあったらしい。
 しかし、キャラクターたちが悩み、考え、苦悩しているさまに衝撃を受け、それでも拳を握る主人公の勇敢さや、自分の意志を貫き通そうとするヒロインの強さに心を打たれたらしい。
 すごい。漠然と「つえー、すげー」とかいってる僕なんかよりもしっかりとマンガを楽しんでるじゃないか。けどやっぱり"堕落"と呼ぶには真面目すぎてなんだか笑ってしまう。
 特に新連載には強く心を惹かれたようだ。他の連載はどうしても前提知識が必要になってしまうから、感激はしてもその一話で深く入り込むことは難しかったらしい。その点、新連載はすべてが方月さんと同じラインでスタートするから一番、感情を入れ込むことが出来たそうだ。それにしても、漫画雑誌一冊でこんなに喜んでもらえるとは……。堕落部の活動日は水曜と決めたけど、ホップスの発売日に合わせて月曜日に替えたほうがいいのかな?

「ダメだよ。一度決めたことをそんなすぐに変えるなんて。それに週の頭から"堕落"ってのも良くないと思う」

 方月さんはそう言って首を横に振った。やっぱ真面目か。


 そんなわけで、毎週水曜日の"堕落"の習慣が始まった。
 即席ベッドはすぐにバラせるように、テープの固定方法を工夫し、座布団とカーテンは資料棚の空の部分に隠しておくようにした。ホップスだけじゃない。僕は家にあるマンガやライトノベルを週に一冊、持ってくることにした。
 それに使ってないタブレットも。僕のスマホでテザリングして、映画やアニメ鑑賞をするためだ。サブスクで彼女が好きそうな作品を僕があらかじめピックアップしておく。以外なことに方月さんは、昔のハリウッド映画が好きだった。まだCGもない頃のSFやアクション映画、SFXを駆使して観るものを圧倒する娯楽大作たちだ。
 もちろんコーラとポテチは欠かせない。その時は簡易ベッドはイスの並び方と個数を変えて、簡易ソファにする。
 "堕落グッズ"はすべて資料棚に隠した。空だった棚のスペースが少しずつ埋まっていく。幸いその棚は鍵付きだったので、方月さんは毎回、活動が終わるたびに施錠した。翌日木曜日は生徒会の定例会がある、その時に生徒会室の不正使用がバレないように、入念に痕跡を消してから帰る。その証拠隠滅行為も、僕らの背徳感を刺激した。

 ああ、断っておくけど色っぽい発展は全くしていない。彼女は簡易ベッドに、僕は残ったイスを並べただけのものに、ぐたーっと寝転んでマンガを読むだけだ。ボディタッチはほとんどしていない、唯一触れ合うことがあるとすれば、同時にポテチの袋に手を伸ばしたときくらいだろう。それで良かった。この完璧少女にとっての特別な存在になれるなんて期待してなかったし、僕ごときが分不相応な夢をもてるような人間じゃないことも理解している。僕は、彼女にとっての息抜きの時間を提供できればそれで良かった。


 10月いっぱいで僕の文化祭実行委員の任期は終わった。それでも毎週水曜日は生徒会室に通い続けた。そして11月もあっという間に過ぎ、方月さんの活動記録をまとめたファイルも少しずつ厚みをましていき……期末試験の季節がやってきた。

「今日は流石に、活動はなし……だよね?」
「うん、来週から試験だし勉強しないと……」
「滝藤くんって、成績はどのくらいなの?」
「うーん、中の中だな」

 全教科、平均点のプラマイ10点以内。それが僕の成績だ。誰かに一目置かれるほど良くもないかわりに、補講を受けたこともない。まさに僕らしい点数。そもそも試験勉強を本気でやりきった記憶もなく、だいたい最後の方はなぁなぁで終わってしまう。それで平均点なんだから、大したものだと自分では考えていた。

「そうだ! 活動休みの代わりに、一緒に勉強しない?」
「え? 学年一位の方月さんと?」
「そう! わからない所あったら教えてあげるよ。いつものお返しにね!」