昼休み、僕は学食の入り口に書かれている「本日の日替わり:唐揚げ定食」の文字を横目に、購買部で昼食を買って生徒会室へと向かった。

「遅いよ! 滝藤くん!」

 方月さんはすでに来ていて、お弁当を広げていた。小さな弁当箱には、自分で作ったと思われるおかずが詰め込まれていた。茶色一色になりがちな高校生の弁当。彼女のものは緑赤黄色と色鮮やかで見た目にも美味しそうだった。完璧超人は料理も完璧みたいだ。

「滝藤くん、お昼はそれだけ?」
「え? うん」

 僕が小脇に抱えていた昼ごはんを机の上に並べてると、方月さんは聞いてきた。買ってきたのは、焼きそばパンとコロッケサンド、それにスポーツドリンク。学食が満席のときの僕の定番メニューだった。

「だめだよ、野菜もとらないと。それにスポーツドリンクは糖も塩分も多いからお昼はお茶とかの方が……」
「…………」

 何だそれは? どーゆーギャグだ?

「どうしたの?」
「う、うん。あえてツッコむよ? 深夜にカップ麺食べたことを話したい人が言うセリフ、それ?」

 ネタでやってるんだとしたら、昨日の僕よりセンスあるかもしれない。けど、方月さんは至って真面目に言っているようだった。

「だからこそよ。普段、しっかりとした食生活を送れば送るほど、あの味は特別なのものになる。私はそう思ったの」

 そう語る彼女の眼は、ムダに真っ直ぐでその奥を覗き込むと吸い込まれそうな感覚に陥った。

「昨日、滝藤くんに提案されたときは、正直よくわからなかった。なんでそんな夜中に、そんな身体に悪そうなもの食べなきゃいけないんだって。でも……」

 方月さんは天を仰ぐように視線を上にやり……そしてふるふると震えながら恍惚の表情を浮かべた。

「自分が悪い事をしているという感覚と、口の中に広がるラードと化学調味料の味。肌荒れや体重への心配……そういうのが一体となって、気がついたら夢中で食べていたの。初めての体験だった……!」

 僕が週イチ……いや週に2~3回はやってる夜食の習慣。そんな当たり前の経験に、方月さんは心の底から感激している様子だった。

 聞けば、そんな些細なことに彼女は涙ぐましい努力をしていたらしい。まず方月家には常備のカップ麺など存在しないそうだ。非常袋の中に幾つかあって、賞味期限が近づいて入れ替えるときにのみ食べることが出来るらしい。だから学校帰りにわざわざコンビニで一つだけ買って帰ったという。
 さらに方月家では、驚くべきことにダイニング以外でものを食べる習慣も、夜9時以降に食事をするという発想もないそうだ。だから彼女は、買ってきたカップ麺をそっとカバンの奥へ忍ばせて、自分の部屋へ持ち込むとクローゼットへと隠した。
 たったそれだけの行為でも、両親に見つかって怒られたらどうしよう、と気が気でなかったという。育ちが良いとは聞いていたけど、方月家は思った以上にちゃんとしている家庭らしい。
 そして問題はお湯だ。深夜にそっと台所へ言ってお湯を沸かすわけにもいかない。だから彼女は「少し遅くまで勉強するから」という理由を付けて、ティーバッグ数個とマグカップ、そして電気ケトルを寝る前にママから借りた。もちろんティーバッグとカップはブラフだ。

「それらをクリアして、ようやく! ようやく食べることが出来たの!!」
「ははは……。それはまた……大変だったね」

 未知の文化に触れる探検家のような思いで、彼女の話を聞いていた。僕が当たり前にやってることが、壮大な大冒険になる人がいるとは……それもこんなすぐ近くに。そりゃあ、ただのカップ麺だって格別に美味くなるわけだよ。

「アレなの。まさしくアレこそ。私が求めていた"堕落"そのものなの! ありがとう滝藤くん!!」
「なんというか、お役に立てて光栄だよ……」

 そんなんでいいのか? もともと青春がしたい、異性と素敵な関係を持ちたい。そんな話じゃなかったっけ? 僕のテキトーな言葉のせいで、願望がダウンサイジングしたとしたら、ちょっと申し訳ない。けど、彼女はとても楽しそうだった。

「それでさ、滝藤くん……。ここから先は、お願いなんだけど……いや、無理にとは言わないんだけど……」

 急に方月さんの言葉の歯切れが悪くなる。まっすぐと僕を見据えていたはずの瞳が、急に泳ぎ始めた。

「その……私を弟子に……してくれない?」
「は? 弟子?」
「うん。ほら! 滝藤くん言ってたでしょ、僕もそれなりに堕落してるって。だから色々教えてほしいの……」
「…………」

 そういうつもりで言ったんじゃないんだけどなぁ……。