「死にたい……」

 翌日、学校へ向かう足取りは重かった。最寄り駅を下りて、校門をくぐるまでの10分間がとてつもなく長く感じる。

 なんであんな提案をしたんだ僕は……? 人並みの青春に憧れ、悩んでいた完璧少女に「カップ麺食え」はいくらなんでも無い……。

 でも、弁明だけはさせて欲しい。ただのギャグのつもりだったんだ! 彼女が悩んでいるのはわかった。そしてその悩みを解消する力が、僕にはなさそうな事を自覚した。だからせめて、空気をなごまそうとして放った渾身のギャグだ。堕落といえば深夜のカップ麺、そこはみんな異論ないだろう? ギャグセンスやタイミングがおかしいと言われればぐうの音も出ないけど……。
 その後、方月さんは笑うでも怒るでもなく、狐につままれたような顔で「わかった、やってみる」と言っただけだった。昨日はそこでおしまい。やっちまったことを理解した僕はいたたまれなくなって、チェックし終えた報告書を片付けて生徒会室を出て来てしまった。ひとり残された方月さんが何を思ったのか、それはわからないし、わかりたくのない。

 彼女は違うクラスだし、文化祭実行委員の任期は今月いっぱいだ。当番日は理由つけて休んで、このまま顔を合わさないようにしよう。僕はそう心に誓う。他の実行委員たちもサボってるんだから、僕だって別にいいだろう。少なくともあの部屋で、方月さんと二人きりとか絶対イヤだ。そのたびに昨日の微妙ォ~な空気が再現されるんだから……。

 次の交差点を右に曲がれば校門が見えてくる。もういっそ、学校そのものをサボっちまうか? 一瞬だけそんなことも考えた。ここを曲がらずにまっすぐ進めば、少なくとも今日一日、方月さんと会う可能性はゼロになる。うん、そうだ。そうしよう。気が進まないことは先送り。それは僕が17年の短い人生の中で掴んだ、情けない処世術だ。
 しかし、その処世術を実行しようとしたその矢先、僕は後ろから肩を叩かれた。え? 何?

「おはよう」

 にっこりと微笑むその顔もやっぱり綺麗だった。

「ほ……方月さん!?」

 校門をくぐる前にエンカウントする可能性は考えていなかった。僕の背筋は硬直する。

「どうしたの? 早くしないと校門しまっちゃうよ?」
「は、はい……」

 しかたなく角は右折する。どういうつもりかわからないけど、方月さんは僕の横に並んで歩いていた。けど何も言わない。昨日のことをネタにしてからかってくれるならまだ救いがある。けど無言のままだと真意が見えず、どうすることも出来ない……。

「あ、あのさ……いい天気だね」

 苦し紛れのクソみたいな話題。私は面白い話が出来ません、と告白しているようなものだ。

「きょ、今日の学食ってメニューなんだっけ? 僕、唐揚げ定食が好きだからアレがいいなー……なんて……」

 自分でも驚くほどクソ話題しか出てこない。ギャグセンスの無さは昨日で十分露見しているのに、これ以上醜態さらすなよ……。

「……食べたよ」
「え?」

 食べた? 何を? 唐揚げ定食??

「昨日言われた通り……深夜2時にカップ麺食べた……」

 ぶっ!? え? 何? 嘘でしょ? からかってます?

「へ、へー。そうなんだ……どうだった?」
「…………」

 無言。そして足が止まる。なんなんだこの人は?

「えっと、方月さん? 早くしないと門が……」
「最高だった!」
「え?」

 僕の目を、真っ直ぐと貫いてくる黒い瞳。それはらんらんと輝いていた。昨日見たような涙をためた悲しさと絶望が含まれた輝きじゃない。歓喜と興奮に満ちた光だ。

「あんなに美味しいものがこの世にあるのかっていうくらい……あれはそう、罪。罪の味がした!」
「は、はぁ……」

 またしても大げさな言い回し……けど、喜んでくれたなら何より……。

「昼休み、生徒会室に来て!」
「へ? 昼休み?」

 生徒会の仕事は基本的に放課後行われる事になっていたはずだ。

「 私、感想を語りたいの! だから付き合って、待ってるから!」