「それなりにって……君も”堕落”してるの?」
「堕落……う、うん。まぁね。僕だって、それなりにダラク? してますよ!?」

 言ってて悲しくなる。だらしなくダラダラ過ごすのは得意だ。でも、方月さんの言う”堕落”が、役目そっちのけで異性とよろしくやる事だとしたら、僕ほど堕落から遠い人間はいない。

 異性に興味がないわけじゃない。勉強や趣味の方が楽しくて恋人はいらないというわけではなく、むしろ絶賛募集中だ。デートスポットとか、イベントとか、めちゃくちゃ興味がある。けど残念ながら僕には女の子どころか男友達すら少ない。クラスメイトのノリには馴染めず、部活も入ってない。
 だから異性との会話も事務的なものを除けば、一学期に一度あるかないかくらいだ。その一度の日は、夜なかなか寝付けないほど興奮してしまうボンクラ野郎。それが滝藤一途だ。

 文化祭実行委員に選ばれたのも、クラスで団結して模擬店を成功させるというノリに馴染めなかったからだった。去年の文化祭に、冬の球技大会、今年の体育祭と合唱コンテスト。そういった行事にいちいち熱くなるカースト上位の連中。それらを冷ややかな目で見ていたら、いつのまにか推薦されていた。団結を拒む異分子を、体よく厄介払いしようというワケだ。

 そんな僕が、”堕落”なんてしているはずがない。けど、方月さんの目にはありありと絶望の色が浮かんでいた。

「……るい」
「へ?」

 彼女は不意に顔を伏せて、なにかつぶやいた。

「……ずるい。私だって……私だって……」

 徐々に声が大きくなり、一度伏せた顔を上げて真っ直ぐ僕を見つめてくる。え? 嘘でしょ? ……その目には薄っすらと涙が浮かんでいた。

「私だって”堕落”したいのに!!」

 切実な空気がこもる独白だった。「青春したい」とか「彼氏が欲しい」ならともかく、「堕落したい」とは……。彼女の頬はほのかに紅くなり、涙で潤んだ瞳は輝きを増している。

「どうして? どうしてみんなそんな自由なの? 私なんて、自分のことだけで精一杯なのに……!」

 自分のことで精一杯……ああ、そうかもな。

 美人なだけではない。成績は常に学年トップだし、球技大会で個人賞をもらう程度にはスポーツも出来る。親はどこかの会社の社長らしく、身につけているものはどことなく高そうなものばかり。その上、生徒会長。今どきマンガのヒロインだってもう少し隙があるぞ、と言いたくなる程リアリティのない完璧美人。それが方月まひろだった。

 そんな完璧超人でいるには結構努力が必要だと思う。精一杯になるのも当然だ。他の人はもっと適当にやる。最低限のことだけやって後は手を抜いて、その余裕で青春を楽しむ。そういう意味では確かに、今生徒会室にいない連中は”堕落”してるのかもしれない。

「そうだ滝藤くん、教えてよ。”堕落”の仕方」
「へ?」
「私、みんなみたいな高校生活を送ってみたい! だから方法が知りたい!」
「え、えーと……?」

 どういう事? 潤んだ瞳がじっと僕の顔を見つめてくる。 その姿を見て心臓が高鳴る。ここにきて、僕はとんでもない事に気づいた。

 今僕は、校内一の美人と密室にいる。二人きりで。

 工藤さんのような愛嬌のある可愛らしさではない。方月まひろは非の打ち所がない美貌の持ち主だ。整った鼻筋、黒く大きな瞳、少しだけ厚い唇。それに背中まで伸びる、黒く艷やかなロングヘア。完璧すぎて、かえって僕の心にフィルターが掛かっていた。絶対に、何があっても、自分と同じレベルには下りてこない女性。だから二人きりでも緊張も何もしなかった。
 なのに一度、その事実に気づいてしまったらダメだ……。僕の心臓は急速に活動速度を早めだす。

「ダメかな……私みたいなつまらない人間には、みんなと同じようになんて、出来ない?」

 んなことはない!! つまらない人間とか……自己認識バグりすぎでしょ? 誰の手にも届かない高嶺の花。そう思われてるから、浮いた話が無いんじゃないの?

「そ……そんなことは」
「だったら教えて! ヒントだけでいいから?」

 ヒント……ねえ。つまらない人間と言ったらそれはむしろ僕の方だ。そんな僕が、彼女に何を教えられると?

 この場にいるのが池上じゃなくてよかった。池上だったら何も言わずに肩を抱き寄せて、ぶちゅーと口を吸うくらい造作なくやるだろう。それは流石に許しがたい。
 じゃあ僕は?僕に同じ真似が出来るわけがない。何度も言うようだけど、それは僕のキャラじゃない。

「ねえ?」
「え、えーと……」

 いやダメだろ! これだけ悩んでいる人を前に、はぐらかして逃げるとかダメだ。キャラとかいってる場合じゃない。僕なりに方月さんを助けるんだ!

「ご……午前2時」
「え?」
「午前2時にさ、カップ麺食べてみなよ? 最高に堕落した味がするから……」