試験が終わった翌週の水曜日。試験休みではあったけど、僕は生徒会室に来ていた。方月さんに呼ばれたんだ。

「試験、お疲れ様。すごいよ、がんばれたじゃない!」

 方月さんはニコリと笑って僕を出迎えてくれた。

「今回は是が非でも一位を取らないといけなかったからね……」
「現代文なんて満点だったもん。それと、日本史も!」
「ごめん。部分的には方月さんに勝っちゃった。全教科一位が条件だったのに……」
「いいよ。むしろ説得しやすかった。私に"堕落"を教えた人がこんなに頑張ることが出来たんだって」

 万年平均点の僕が、一位を取る。誰がどう考えても難度エクストリームの無理ゲーだ。でも、やらなきゃならなかった。考えに考えた結果、"堕落"が悪ではないと証明するには、僕が変わる必要があったのだ。
 要点をまとめて、大事な部分を見極め、問題を解く。それを繰り返す。何度も……何度も……。
 僕がやった勉強法はあの日、方月さんが僕に古文を教えてくれたときと同じことを全教科で愚直にやり続けることだった。わずかひと月で一位を取るためには、ソレしか思い浮かばなかった。何度も挫けそうになったけど、そのときは方月さんの言葉を思い出した。

『滝藤くん全然適当なんかじゃないよ? むしろ……結構、頭いいと思う。もしかしたら私よりも……』

 あの日のあの言葉を支えに、前人未到の山を踏破した。この人がいなければ、こんな事絶対にできなかった。

「それで……親には許してもらえたの?」
「うん! まだ完全に許されたわけじゃないけど、前と同じくらいの生活……プラス買い食いくらいは許してくれるって」

 彼女は満面の笑みを浮かべる。

「そっか、よかった!」
「ただし、学校はきちんと毎日行くこと。それと、部屋でのカップ麺も禁止」
「はは……まぁ、それはしょうがないよ」

 僕は苦笑する。

「でも、こうしたまた週イチで滝藤くんと会える。それが何よりも嬉しいかな」
「そっか。僕もだ……!」

 僕は、彼女をひしっと抱きしめたい衝動に駆られた。けど、慌ててそれを自制する。確かの僕はこの人のことが好きだ。けど、この人の気持ちがどうか、僕にはわからない。あの時は勢い余って告白しそうになったけど……とりあえずしばらくは片想いのままでいよう。

「それでさ、春休み中の堕落部の活動計画を考えたんだけど……」
「え?」

 そう言いながら、彼女は一枚のカラフルな紙を手渡してきた。

「なにこれ……ぶっ!?」

 旅行会社のパンフレットだ。

「どこかちょっと遠目の所でさ、何もせずぐだ―ってするの! 最高にステキな"堕落"でしょ?」
「い、いや方月さんでもコレ……」

 大きく「1泊2日」と書かれている。ホテル宿泊込みのプランばかりが乗っているパンフだった。

「大丈夫! 前回の失敗を活かし、今度は上手くやろう!」

 方月さんは不敵な笑みを浮かべた。

「い、いや、でもさ……これ宿泊……」
「はぁ~……!」

  今度はあからさまに大きなため息をつく。

「そういう所は相変わらずだね、滝藤くん。私知ってるよ? ホップスとかライトノベルに書いてあったから。今の滝藤くんみたいなの何ていうか?」

 そして最後に、にっこりと満面の笑顔で彼女は言った。

「このヘタレ!!」

-完-