夜、スマホが震えた。とっさに僕は通話ボタンを押す。

「もしもし!」
『もしもし滝藤くん……私』

 方月さんの声はすごく疲れているように聞こえた。すこし低いように聞こえるのは、たぶん電話越しだからじゃない。鼻をすするような音も聞こえる。

『今、ママに気付かれないように電話してる……』
「大丈夫なの?」
『ううん……全部、全部バレちゃった……』

 足元がぐらつくような錯覚に陥った。部屋に押し入れられ、全て見られてしまったらしい。密かに常備していたカップ麺も、ルーズリーフにまとめた活動記録も……。

『パパも帰ってきて、これまでずっと怒られ続けて……どうしよう。私、学校辞めさせられるかも……!』

 学校を辞める? まさかそこまで……?

「ちょっとまってどういう事?」
『……三学期の期末テスト、私が全教科トップじゃなかったら全寮制の女子校に編入させるって』

 無茶苦茶だ。2年生の3学期に、そんなことやらせるなんていくら厳しい家だとしても度が過ぎてないか……?

『私ね……実は、2学期の期末で少し成績が下がってたの……それでパパとママも私のこと怪しんでたみたいで……』

 ああ……マジかよ。彼女が期末で成績が悪かったとしたら……それは間違いなく僕と堕落部のせいじゃないか!?

『滝藤くんは悪くない。それだけはちゃんと言っておきたい。でも……』

 まひろ! 誰と話してるんだ!? スピーカー越しに大人の男性の怒鳴り声が聞こえる。あっと思った次の瞬間、通話は途切れた。

「…………」

 絶望的だ。アレほど彼女の生活に支障をきたさないようにって思ってたのに、最大のピンチを招いてしまった。僕のせいで……彼女の人生が変わってしまうかもしれない。

「……いや、ダメだろ。そんな事、絶対に!」

 今のままでは彼女は窒息してしまう。いや、もうしているじゃないか。彼女に必要なのは全寮制の女子校なんかじゃない。カップ麺とポテチと少年ホップス、それに80年代のハリウッド映画だ! 助けなきゃいけない。証明しなきゃならない。方月まひろには"堕落"が必要なんだと。

 そのためには、彼女がトップに返り咲くだけではダメだ。それでは、2学期の"堕落"の時期が誤りだったと証明することになってしまう。じゃあどうすればいい? 考えろ……考えろ滝藤一途! 必ずなにか方法は……。

「かずと……? いちず……?」

 僕は脳内でこだましていた自分の名前と、その別の読み方を口に出す。……そうだ。少しは一途(いちず)になってみろよ、滝藤一途(たきとうかずと)! もうテキトー野郎なんて呼ばせるな! 僕が、僕がなんとかしなくちゃならない。そのくらいやらなきゃダメだろう。だって……方月まひろは……

 僕が初めて、心の底から好きになった女性なんだから……!!

 その日、僕はアイデンティティを捨てた。テキトー野郎は返上だ。考えろ。考えに考えろ。考えて考えて、考えまくれ! 一途に考えろ!!