「私ずっと、息苦しかったの」

 方月さんは語り始めた。

「周りから優等生優等生って褒められて、親の先生も期待ばかりかけてきて……。もちろん期待されるのは嬉しかったよ? 嬉しかったけど……重荷にでもあった」

 そうだよな。こんな完璧に何でもできる人、大人から見れば将来が楽しみでしょうがないだろう。すごいすごい、もっと出来るもっと頑張れ……。そんな声に押され続けてきたのはなんとなく想像できた。

「でもそうしているうちに、他のみんなとどんどんかけ離れていく実感があった。みんなが当たり前にできていることが、出来ない毎日。見て見ぬ振りをしてたけど、文化祭でそれが限界に来ちゃって……」

 私だって"堕落"したい! そう言ったのをよく覚えている。アレが堕落部発足のきっかけだった。

「でも滝藤くんだけは違った。私に、みんながやっているような何でも無いこと、それでいて楽しいことをたくさん教えてくれた。本当に……感謝してる」
「そんな……本当に大したことなんて出来てないから……」
「でも、そんな滝藤くんに私は『もっとやれる』なんて言っちゃった。私が言われて一番苦しかった言葉なのに……本当にごめんなさい」

 もう一度、彼女は頭を下げる。そうか、そういうことだったのか。何故彼女が謝ったのか? 頭の中で疑問符と疑問符がつながった。

「いいよ、頭上げて。僕だってさ、嬉しかったんだよ。あそこで地元の連中とばったり会って、凄くカッコ悪い所見られちゃったのに、方月さんはそんな僕の味方をしてくれた」

 つながったのは疑問符だけではなかった。漠然と持っていた頭のどこかで抱いていた憧れと、明確になった想いも、一本の糸で結ばれている。ああそうか、今頃気づくなんて僕も大概鈍感だな。

「今、やっとわかった」
「わかった、何が?」
「僕さ、方月さんのことが……」

 その想いをぶつけようとした、まさにその時だった。

「まひろちゃん? 何してるのこんな所で……?」

 え……?

 方月さんの顔が一瞬で青ざめていくのが見えた。その様子で僕はすべて理解する。

 タイミングが悪すぎる。

 あの日のファミレスといい、なんで校外活動をするたびにそういうことになるんだ。

「ママ……」

 方月さんは、震えるようなか細い声でつぶやいた。