文化祭からそろそろ十日が経つ。経費の精算、備品の補充、各クラスの収支報告のまとめ。生徒会室には雑務が山積みだ。
今日も僕、滝藤一途は生徒会室にこもりきりだ。向かいの席には、生徒会長の方月まひろが座っている。この死ぬほど忙しい時に、部屋には二人だけだ。他の生徒会メンバーや文化祭実行委員はみんな先に帰ってしまった。
「もうそろそろ7時ね。滝藤くん、君は先に帰っていいよ」
「あ、うん。……それじゃ、この書類終わらせたら失礼します」
そんな、いいですよ。最後まで付き合いますから、帰りにマックでも寄りましょう。頭の中にはそんな言葉も思い浮かんだけど、口にはしない。実際、作業に飽きてきてそろそろ帰りたいと思っていた頃合いだった。隙あらば手を抜くのが、僕の信条だ。
第一、女の子を夕飯に誘うなんて、それは僕のキャラじゃない。顔が良くて話も上手い副会長の池上みたいな人種が言う言葉だ。でも、あいつは一年生で生徒会書紀の工藤さんと先に帰ってしまった。
「今頃あいつらよろしくやってんだろうなぁ……」
昨日、映画の話をしてたし、たぶんシネコンだろう。工藤さんの事は、僕も密かにいいなと思っていた。いいなと思うだけで、付き合いたいとかそういうつもりはなかったけど……。それでも、後夜祭の花火を見上げながら池上と工藤さんがいい雰囲気になっていたのを目撃した時、僕の心は少なからず動揺した。
「よろしくって……何が?」
「え?」
方月さんがきょとんとした顔で尋ねてきた。
「いや今、言ったでしょ? 誰、あいつらって?」
うわっ!? 口に出してた? 全く無意識だったけど、なんとなく唇を動かしてたような口触りが残っている。
「ええっと……、ホラ知らない? 池上と工藤さんの事」
「池上くんと工藤さん?」
変につくろうのも不自然だし、隠すことでもないから話してしまおう。僕はそう思った。
「あの二人、文化祭でいい感じになって、多分付き合い……始めたと……思うん……だけど……」
けどすぐに、それが過ちだったことに気づく。方月さんが微妙な顔をしている。しまった、コレではあの二人がデートのために生徒会の仕事をサボってますと会長に密告してるようなもんじゃないか!?
「つまり……池上くんと工藤さんが今日早めに帰ったのは、逢引きのためと……?」
えらく古風な言い回しで方月さんは確認してきた。
「逢引き……うーん。まぁそういうことになるのかな?」
「まさかと思うけど、滝藤くん以外の実行委員が来てないのは……?」
「え? あ~……それも知らない?」
文化祭実行委員は1年生と2年生の各クラスから一人ずつ、合計16人選ばれていて、3~4人ずつ日替わり当番で生徒会業務を手伝うこととなっている。その16名の実行員の殆どが、文化祭の前夜祭で彼氏彼女が出来ていたのだ。
池上が企画した、リアルマッチングアプリイベントのおかげだ。40代後半の先生の言葉を借りるなら「ねるとんパーティー」みたいな企画で、本祭を一緒に回る相手を見つけようという趣旨だった。企画を盛り上げるために、実行委員は全員参加することになった(今思えば、あの時生徒会メンバーが参加していなかったのは、池上がすでに工藤さんとよろしくやっていたからかもしれない……)
その結果、実行委員のほとんど全員がステキな相手に巡り会えた。それまでの雑用の日々に対するご褒美と言わんばかりに本祭と後夜祭では、青春を謳歌したのだ。ちなみに「ほとんど全員」と言ったのは、例外もいるから。その例外は今、生徒会室で会長と二人きりで収支報告書に誤りがないかチェックしている……。
「そんな……それじゃあ、本番終わってからみんなの集まりが悪いのって……?」
会長は、その辺の事情を全く知らなかったらしい。かなりショックを受けているようだ。
「堕落よ……みんな堕落している……」
おおう。これまた大げさな言葉が出てきたぞ。けどまぁ、確かに堕落だ。祭りの後始末なんて面倒くさい仕事ではあるけど、これだけ出席率が悪いと方月さんだって思う所があるんだろう。
「……滝藤くんくらいだもん。真面目に当番の日に出てきて、遅くまで仕事してくれるの」
「なっ、馬鹿にしないでよ?」
方月さんの言葉が、遠回しに前夜祭唯一の例外である僕をディスってるように聞こえた。脳裏に、はにかみながら僕に養生テープを渡してくれた工藤さんの顔や、そんな彼女と工藤が二人で花火を見上げている姿などが浮かぶ。……そして僕は反射的に言ってしまった。
「言っとくけど、僕だってそれなりにやってるからね」
口からのでまかせ。思えばこれがすべての始まりだった。
今日も僕、滝藤一途は生徒会室にこもりきりだ。向かいの席には、生徒会長の方月まひろが座っている。この死ぬほど忙しい時に、部屋には二人だけだ。他の生徒会メンバーや文化祭実行委員はみんな先に帰ってしまった。
「もうそろそろ7時ね。滝藤くん、君は先に帰っていいよ」
「あ、うん。……それじゃ、この書類終わらせたら失礼します」
そんな、いいですよ。最後まで付き合いますから、帰りにマックでも寄りましょう。頭の中にはそんな言葉も思い浮かんだけど、口にはしない。実際、作業に飽きてきてそろそろ帰りたいと思っていた頃合いだった。隙あらば手を抜くのが、僕の信条だ。
第一、女の子を夕飯に誘うなんて、それは僕のキャラじゃない。顔が良くて話も上手い副会長の池上みたいな人種が言う言葉だ。でも、あいつは一年生で生徒会書紀の工藤さんと先に帰ってしまった。
「今頃あいつらよろしくやってんだろうなぁ……」
昨日、映画の話をしてたし、たぶんシネコンだろう。工藤さんの事は、僕も密かにいいなと思っていた。いいなと思うだけで、付き合いたいとかそういうつもりはなかったけど……。それでも、後夜祭の花火を見上げながら池上と工藤さんがいい雰囲気になっていたのを目撃した時、僕の心は少なからず動揺した。
「よろしくって……何が?」
「え?」
方月さんがきょとんとした顔で尋ねてきた。
「いや今、言ったでしょ? 誰、あいつらって?」
うわっ!? 口に出してた? 全く無意識だったけど、なんとなく唇を動かしてたような口触りが残っている。
「ええっと……、ホラ知らない? 池上と工藤さんの事」
「池上くんと工藤さん?」
変につくろうのも不自然だし、隠すことでもないから話してしまおう。僕はそう思った。
「あの二人、文化祭でいい感じになって、多分付き合い……始めたと……思うん……だけど……」
けどすぐに、それが過ちだったことに気づく。方月さんが微妙な顔をしている。しまった、コレではあの二人がデートのために生徒会の仕事をサボってますと会長に密告してるようなもんじゃないか!?
「つまり……池上くんと工藤さんが今日早めに帰ったのは、逢引きのためと……?」
えらく古風な言い回しで方月さんは確認してきた。
「逢引き……うーん。まぁそういうことになるのかな?」
「まさかと思うけど、滝藤くん以外の実行委員が来てないのは……?」
「え? あ~……それも知らない?」
文化祭実行委員は1年生と2年生の各クラスから一人ずつ、合計16人選ばれていて、3~4人ずつ日替わり当番で生徒会業務を手伝うこととなっている。その16名の実行員の殆どが、文化祭の前夜祭で彼氏彼女が出来ていたのだ。
池上が企画した、リアルマッチングアプリイベントのおかげだ。40代後半の先生の言葉を借りるなら「ねるとんパーティー」みたいな企画で、本祭を一緒に回る相手を見つけようという趣旨だった。企画を盛り上げるために、実行委員は全員参加することになった(今思えば、あの時生徒会メンバーが参加していなかったのは、池上がすでに工藤さんとよろしくやっていたからかもしれない……)
その結果、実行委員のほとんど全員がステキな相手に巡り会えた。それまでの雑用の日々に対するご褒美と言わんばかりに本祭と後夜祭では、青春を謳歌したのだ。ちなみに「ほとんど全員」と言ったのは、例外もいるから。その例外は今、生徒会室で会長と二人きりで収支報告書に誤りがないかチェックしている……。
「そんな……それじゃあ、本番終わってからみんなの集まりが悪いのって……?」
会長は、その辺の事情を全く知らなかったらしい。かなりショックを受けているようだ。
「堕落よ……みんな堕落している……」
おおう。これまた大げさな言葉が出てきたぞ。けどまぁ、確かに堕落だ。祭りの後始末なんて面倒くさい仕事ではあるけど、これだけ出席率が悪いと方月さんだって思う所があるんだろう。
「……滝藤くんくらいだもん。真面目に当番の日に出てきて、遅くまで仕事してくれるの」
「なっ、馬鹿にしないでよ?」
方月さんの言葉が、遠回しに前夜祭唯一の例外である僕をディスってるように聞こえた。脳裏に、はにかみながら僕に養生テープを渡してくれた工藤さんの顔や、そんな彼女と工藤が二人で花火を見上げている姿などが浮かぶ。……そして僕は反射的に言ってしまった。
「言っとくけど、僕だってそれなりにやってるからね」
口からのでまかせ。思えばこれがすべての始まりだった。