「そこは本題ではありません。店長は確かに怠惰なところがありますが、それでも色屋としての仕事をおろそかにすることはないと思います」
「どうしたらそんな買い被ることになるんだ?」
「店長がいつも色帳簿と書かれた過去の帳簿を見ているのを知っています」
「そんなことか。それは単なる暇潰しだ」
「それに怠惰であること以上に店長は店主には逆らえないと、怖がっています」
「それはまぁそうだが関係あるか?」
「久しぶりの客を逃したと知れれば当然店主に怒られますよね。まぁ黙っていればバレないと考えたとするのもアリですが、そんなリスクをとるよりも先にすべきことがあるでしょう」
「先にすべきこと?」
「何かしらの努力ですよ。もし仮に勘が戻らないというのが本当だったとしても、店長はあの日から今日までの間にその勘を取り戻すための努力を何もしていません」
「いやそれは分からないだろ。お前さんがいない間にしてたかもしれないだろ」
「いいえ。これに関しては断言できますが店長が動けば必ず物が散乱します。店長が私がいない間に何かをしたという形跡が一切ないんですよ」
「……。努力しようにも具合が悪くて動けなかったという線は?」
先程までの言い逃れるようなものと違い、まるで確認をするような声音に変わった。そしてその質問にも私は答えを用意していた。
「ここ数日は体調も良さそうでしたよね?」
「だったな」
「そう思い至ったとき、もしかして店長は最初から色を売る気がないのではとも思いましたが、あの様子を見る限りそうではないのではと思いました。何か他に売れない事情があるんですよね。あんな風に汗をかいて顔色を悪くしてしまうほどの事情が」
そこまで言い終えると、店長は溜め息を吐いた。その溜め息はもはや肯定と同義だった。
「お前さん怖いな」
「この数日ずっと考えていたんです」
「決め手は部屋が綺麗だからって?まさかそんなもので確信を得られるとはな。日頃の怠惰も考えものだ」
「当たりですか?」
気分はさながら謎解きをする探偵。だけど暴いた後で感じたものは〝してやったり〟という爽快感とは程遠い気持ちだった。
店長の表情も固い。
「……色を変えられないわけじゃない。実際に先々月に客が来ているが色を変えた。お前さんがさっき言った色帳簿に記してある」
「え、それならどうして」
「色を変えるためにはその対象に触れる必要がある」
「そうなんですね。あれ、だけど」
店長は山影さんに一度も触れていない。毎回触れる直前で止まっていた。
「先々月に来た客は簪の色を変えてほしいという依頼だった」
山影さんの依頼とその客の依頼の違い。そして触れる前に止まっていた手、玉のような汗、あの急激な顔色の悪さ。
「さぁ探偵さんよ、推理できるだけの情報は集まっただろ。答えを導けるか?」
ニヤリと口角を上げる。
「探偵じゃなくても分かりますよ」
「聞いてやる。言ってみろ」
「店長は誰かに触れることができないんですね」
そこまで言えばもう観念したのか、店長は私に背を向けた。
「そうだ。物の色を変えることなら容易い。だが生き物は無理だ。俺は生きている物に触れるのが酷く恐ろしい。種を明かせば呆気ないもんだろ?」
「一度も触れたことがないんですか?」
「まさか。昔はさっきみたいな依頼もこなしてたさ」
「何か、触れられなくなるようなことがあったんですか」
「理由は分かってる。だがそれを言えばお前さんは俺を心底軽蔑するだろうな」
「しませんよ」
「どうだか。まぁ理由については何があろうと言うつもりはない。これで分かっただろ?俺はああいう依頼は受けない」
「それなら最初から断れば良かったんです。受けたのは〝呉服屋の若旦那さん〟からの紹介だったからですか?」
「お前さん本当に怖いな!」
本気なのだろうけど店長が冗談めかして叫んだお陰で場の空気が少し和んだ。
「それを聞いた後に店長の様子が変わったので少し気になっていたんです」
「お前さん色屋より探偵業のほうが向いてるんじゃないか?」
「転職してもいいですか?」
「やめてくれよ。店主に怒られるだろ」
本当に店主に頭が上がらないようだ。