そしてなぜか店内が散らかっていない。いつも一日来ないだけで本やらゴミやらが散乱しているというのに。二階で休んでいたからだろうか。
「大丈夫ですか?」
「絶好調だ」
「そんな風には見えないんですが」
「……まぁ、ぼちぼちとな」
そうしてまるで己を嘲るように笑う。店長の笑う顔も声も好きだ。意地悪く笑うのも嫌いじゃない。だけどこんな風な笑い方は嫌だ。
山影さんのことはどうなったのだろう。聞きたいけどなんとなく聞きづらい。それが伝わったのか店長が先に口を開いた。
「ああそうだ、山影さんなら帰っていただいた。今度は四日後に来るって言ってたな」
次にまた来るということは、今日も色を変えられなかったということだろう。
「そうですか」
「ああ」
「あの店長、何か私に出来ることはありますか?」
「当たり前だろ」
返ってきた言葉に良かったと安堵した。うだうだ悩まずに最初から本人に聞けば良かったんだ。
「何をすればいいですか?」
「いつも通りそこにいてくれればいい」
「……」
それは何も出来ることがないと言われるのと同じことだった。だけどそれ以上何かを言えるほどの勇気もない。
「分かりました。では何かあったら言ってくださいね」
それから毎日時間を作って店長の様子を見に行った。あれから顔色は良くなっているし体調は良さそうだ。だけど以前と比べて口数は減っているように思えた。
そして山影さんの三度目の来店。実は今日も講義が入っていたけど今回ばかりは心配で講義を休んでバイトに出ることにした。
今日は体調はいいはず。きっと山影さんもそう思ったことだろう。だけど前回見たのと同じ、触れる直前の場面で店長はまた止まってしまった。今度は数分程度そのままだっただろうか。それから目隠しを元に戻してしまい、ゆっくりと口を開いた。
「……山影さん、目を開けてください」
「終わったのか?」
ずっと目を閉じていた山影さんは何も起きていないことを知らない。目を開け、尻尾を確認するために後ろを向いて落胆していた。
「変わってないな」
「申し訳ありません。この数日悩みました。悩みに悩みました。ですがやはり無理そうなので本当のことを申し上げます」
あれ、いきなり何か始まった。そんな前置きの元で店長は山影さんに向かって勢い良く頭を下げた。
「客が来なさすぎてもう数年まともに仕事してないので色を変える勘が戻りません!」
「ええええ!!そんなことかよ!!てか数年ってどんな客商売だよ!!この店ほんとに大丈夫か!?」
頭を下げる店長に対して山影さんはお腹を抱えて爆笑している。客が彼で良かった。普通ならこんな理由は大大大クレームものだ。
「いつその勘が戻るか分かりません。分からない以上はお待たせできないので返金させてください」
「うーん、まぁでも出来ないなら粘ったって仕方ないよな。分かった」
「本当に申し訳ありません」
「でももしその勘とやらが戻ったら絶対連絡してくれよ?一月でも一年でも十年でも待つから。百年とかはちょっとやめてほしいけど」
「そんなに待ってまで色を変えたいと」
「もちろん。俺が俺のことをもっと好きになるためだからな」
その笑顔がとても印象的だった。
山影さんが帰っていったあと、沈黙が訪れる前に店長があっけらかんとした様子で口を開いた。
「ということだ。色を変えられないのは全部俺の怠惰によるものだ。心配するようなもんじゃないって言っただろ」
「……店長」
私の声音が思ったよりも低かったからか、店長はハタリと固まった。
「軽蔑、したか?」
こんな窺うような店長を私は知らない。本来私の顔色なんて窺う必要なんてないのに。
先程の店長の三文芝居に付き合うこともできる。だけど私は確固たる意思をもってそれを否定することにした。
「さっきの説明、嘘ですよね」
「は?」
「客が来なくてまともに仕事していないから勘が戻らないっていう説明です」
「いやいや、どう考えても真実でしかないだろ。この閑古鳥が鳴く状況知ってるだろ!?」
まさかそんなことを言われると思っていなかったのか、驚きを隠せていない。
「知っています。知っていますがさっきの説明は違うと思います」
「どうしてそう思う」
「店長は確かに少し、いや、結構怠惰なところがあります」
「お、おう。辛辣だな」
と言いながらも否定はしてこないのでその辺りは自覚があるのだろう。