「それに派手な色が好きなんだ」
「それはそのお着物を見れば分かります」
「ああ、いいだろこれ。呉服屋で仕立ててもらったんだ。俺のお気に入り」
「はい、よくお似合いです」
「ありがとう。それでその呉服屋にそんなに派手な色が好きならいっそのこと髪色も変えたらどうかって言われてこの色屋のことを聞いたんだ。そんな店聞いたことなかったからびっくりしたよ。それでどうせ変えるなら全身変えたいなと思って」
「そうでしたか」
「それでこの二つのどっちかがいいかなと思うんだけど、あんたはどう思う?」
「どうしてその二つに絞られたんですか?」
「それは直感だ」
「なるほど。そうですね、このどちらかですと派手さでいえばこちらのほうが目を引くかと」
似合うか似合わないかは正直分からないので、どちらがより派手かという一点で選んで濃い水色の方の花弁を指差した。
「よし。じゃあそれで」
「本当にそんな決め方で大丈夫ですか!?」
躊躇いがなさすぎてこちらの方が不安になってしまう。色を変える仕組みを詳しくは分からないけど、先程の店長の説明を聞くに今後今と似たような色には出来ても元の色には戻せないというのに。
「ああ、実は俺もそっちがいいかなって思ってたから」
なるほど。今のはどちらが良いか聞くときは既に気持ちは固まっていてそれが正解だと確信するためだけに誰かに質問をするという女子によくあるやりとりだったらしい。反対を指さなくて良かった。
「さて、決まりましたか?」
「ああ。決めた。この色でいく」
店長の言葉に山影さんは大きく頷いた。
「天色ですか。ちょうど今日の空のような澄んだ鮮やかな空の色ですね。これを頭髪や体毛にされる方は初めてですが、人気色のため少しお値段が張りますがよろしいですか?」
「ああ、高いのは覚悟してる。幾らだ?」
「そうですね。申し訳ありませんがこのお値段になります」
「色屋にしかできない技術って聞くし少しくらい高いのは仕方な……って、安っ!!え、安くないか!?」
領収書にて提示された値段を見て山影さんは声を上げた。幾らだろう。気になって私も手元を覗き込んだ。ゼロが一、二、三、四……。確かに安いように思う。比べようもないから相場なんて分からないけど、山影さんと同様に私ももっとするものだと思っていた。月に客が一人来れば黒字と言っていたけど本当だろうか。
「この値段で本当にいいのか?見たところ他に客もいないしそんなんで経営大丈夫なのか?」
お客さんに経営を心配される店とは。だけど店長は微笑むだけ。
「ご心配なく。では天色をご購入されるということでよろしいですか?」
「よろしく頼む」
山影さんは懐から財布を取り出し、支払いを済ませた。
「では最後にもう一度だけ確認します。一度色を上塗りすれば同じ色には戻せません。よろしいですか」
「ああ」
「では目を閉じて、そこに立ってください」
言われた通りに山影さんは店長の前に立ち、目を閉じた。私も見ない方がいいのだろうか。
「あの、私は」
「見たかったら見ていいぞ。前に見せるって言ったしな」
「分かりました」
店長はそれから一度だけ大きく深呼吸をして、ゆっくりと目隠しをほどいた。私はごくりと息を呑む。そこに秘められたもの。目が三つあるわけでも逆にそこに目がないわけでもなかった。
開かれたその双眸はわずかな角度によって何色にも見えた。赤にも青にも茶にも黄にも緑にも黒にも白にも。まるで虹のような、いやそれよりも繊細で多彩な瞳だった。
私は意識して口を噤んだ。そうしなければその美しさにうっかり感嘆の言葉を漏らしてしまいそうだったから。何か理由があるのだろうけどこんなに綺麗な瞳を隠しているなんてもったいない。
きっとここから神聖な儀式が始まるのだろう。それから店長の手がそっと山影さんに触れる──寸前、なぜか動きが止まった。店長はじっと固まったまま動かない。不思議に思ったけど、そもそも私は色を変えるのがどういう流れなのか知らないためもしかしたらこういうものなのかもしれない。だからしばらくその様子を見つめていた。
だけどそれから色が変わることもなく何も起こらないまま五分が経過した。目を閉じて立ちっぱなしの山影さんは何も言わないけど、表情から痺れを切らしかけているのは分かる。
さすがにおかしいのでは……と、もう一度店長をよく見るとその額には玉のような汗が吹き出していた。表情にも苦悶の色が浮かんでいる。こんな表情をしている店長を初めて見た。
「っ、大丈夫ですか!?」
思わず声をかけてしまうとそれにつられたのか山影さんも目を開けてしまった。店長はハッとしたように背を向けてもう一度目隠しをした。