「派手な色ですか。ちなみに何に色づけされるつもりで?」

「俺の体にある毛全部だ」


 毛。ということは髪の毛も眉毛も狐耳も尻尾もということだ。


「毛、ですか」

「問題あるのか?」

「……あまりお勧めはしません」

「何でだ?」

「私が一度色を上塗りするとあなたの元の色は消滅します。もう一度元の色に戻したいと思っても、似たような色なら売れるものもありますが完全に元のあなたの色はありません。それでもよろしいですか」

「もちろん問題ないね。ちゃんとお金も持ってきたし」

「……」


 山影さんは即答するも、店長は少し渋っているようだった。


「何だ、ダメなのか?呉服屋の若旦那に話を聞いて楽しみにしてたんだけどな」

「呉服屋?もしかして織の紹介ですか?」

「そうそう。呉服屋の若旦那にはいっつも世話になってるよ」

「……そうでしたか」


 彼は店長の知り合いの紹介だったようだ。呉服屋の若旦那とはどんなあやかしなのだろう。


「分かりました。納得されているのであれば問題ありません。では色を決めましょう。どんな系統色がいいかも決まっていませんか?」

「とりあえず今の色からかけ離れてる派手な色がいいんだ。他の九尾狐の中でも浮くような色」


 今の彼の色は茶色だ。かけ離れていると言うと何色だろう。

 すると店長は戸棚の中から花瓶に入った一輪の花を取り出した。五枚の花弁がついた真っ白な花だ。何に使うのかと思って見ていると、店長が五枚の花弁のうちの一枚に触れた。触れた途端その一枚だけがまるで手品のように色を変えた。

 店長は同じように他の四枚にも触れていき、五枚の花弁の色を全て変えた。一枚目は緑色、二枚目は黄緑色、三枚目は青色、四枚目は水色、五枚目は紺色。だけどヒヨコさんのときの経験からしてきっとこれはただの緑でも黄緑でも青でも水色でも紺色でもないことは分かっている。ただ、知識がないせいでそれが真実何色なのかが分からない。そう認識してしまったらなんだか鮮明なはずのこの世界の色がボヤけて見えた気がした。


「この辺りの色でどうでしょうか」

「うーん、何かどれも違うんだよな」

「ではこれは?」


 そうしてさっきと同じように花弁に触れて次々に色を変えていく。


「ちょっと待って。一回考える」

「時間はいくらでもありますので、どうぞ後悔のないように」


 山影さんは花とにらめっこを始めた。

 長くなりそうだと思ったのか、店長はカウンターから出てきて私の隣に並んだ。


「店長あの花凄いですね。あ、じゃなくて店長が凄いんですか?」

「さぁどうだろうな。無色草(むしきそう)は俺の力と相性がいいんだ。色見本としても便利に使えるしな。実は店の裏手でこっそり育ててる」

「え、そうだったんですか。気がつかなかったです」


 草と言うからには水がいるだろう。私が知らないだけで毎日店長が水やりをしているのだろうか。そういう雑務をバイトにさせればいいのに。


「ところでお前さん、今の彼の色は何色だと思う?」

「さっき茶色かなと思ったんですが」

「まぁ遠からずだが、色屋的には狐色と言っておこう」

「あ、狐だから狐色ですか?」


 狐色は聞いたことがある。料理をするときに狐色になるまで焼くなどと表現されることが多い色だ。聞いたことがある色があると嬉しくなる。


「九尾の全員が全員そういうわけではないが、彼の場合は見事に狐色だな。落ち着いた綺麗な良い色だ。それを変えてしまうのは少し惜しい気もする」

「どうやって色を変えるんですか?」

「最後まで見てれば分かる」


 二人で小声で会話していると、突然山影さんがこちらに振り向いた。


「なぁ、人間のあんた」

「私ですか?」

「これとこれ、どっちが俺に似合うと思う?」


 そう言って山影さんが指差したのは、水色と濃い水色の花弁。どちらも髪色にすると考えると相当派手だ。私としてもおそらく店長としても今の色のままがいいのではと思っているのだけど。


「そうですね。そういえば山影さんはどうして色を変えようと思ったんですか?あ、言いにくい理由なら大丈夫なんですが」

「どうしてって、俺のこの色地味だろ?」

「そんなことは。お似合いだと思いますが」


 そもそも狐に狐色が似合わないはずがないだ。だって狐色なのだから。だけど私の言葉に山影さんはおかしそうに笑った。


「俺が今の色に納得しちまったら客を逃すことになるけど、いいのか?」

「あ」


 私にとって初めてのお客様。これは確かに絶対に逃すべからず精神で売り込んでいくべきなのかもしれない思ってちらりと店長の顔色を窺うと、普通に笑っていた。読めない。店長それは一体どういう意味の笑みですか。


「まぁ損得勘定抜きで真剣に考えてくれるのは嬉しいけどな。今の色が似合ってるのは分かってるけど、俺なら他の色も似合うと思う」


 なるほど。彼は自信家のようだけど、それを他人に嫌みだと感じさせない愛嬌がある。